2022年12月4日日曜日

読書・「高村光太郎」吉本隆明著・講談社文芸文庫

 

 12月2日の朝、初氷が張り、初雪が降りました。初雪は、ふわふわと頼りなく空中を飛ぶ雪で、地上におりるとすぐに消えたのですが、初氷は、バードバスのもみじの葉を氷で閉じ込め、こんな感じになっていました。



 詩人の高村光太郎は、冬が好きでしたが、今年ももう12月に入り、彼の好きな冬が来たようです。本箱にある吉本隆明さんが書かれた「高村光太郎」を久しぶりに再読しました。  

 わたしが初めて高村光太郎の詩を詩集として読んだのは、学生時代に友人からプレゼントとしていただいた「智恵子抄」でした。箱入りの当時としては豪華な装丁の本で、「レモン哀歌」などは、いまでも暗記することができるほどで、彼が戦後に住んでいた岩手の山口村の小屋を訪ねたこともあり、彼の彫刻も、「高村光太郎展」で見た「蝉」などもなつかしく思い出します。



 吉本隆明さんの著書「高村光太郎」は、わたしが漠然といままでに持っていた高村光太郎に対する考察を深めさせ再考察させてくれた本でした。光太郎の留学の意味や結果、父との関係、戦後の戦争責任者としての生き方、妻の智恵子との関係など、さまざまなことの再考察でした。

 それにしても、吉本さんは、光太郎の評伝を書かれている北川太一さんとは、学生時代からの友人であり、彼自身も光太郎研究者として、こんなにも多くの評論を書かれていたとは、この本から知ったことでした。

 吉本さんは最後に「著者から読者へはじめの高村光太郎」という題で、ご自分と光太郎研究についてのかかわりを、こんな風に書かれています。

 吉本さんは月島の下町生まれで父は舟の大工、(高村光太郎も下町生まれで父は彫刻家(師)。)吉本さんは、 父の手技は受け継がず、メタフィジークだけは受け継いだとのこと。そんなことから、光太郎の生涯と仕事と人間を研究していくことが、吉本さんの仕事になったとのことでした・・。

 吉本さんの人生にとっては、重みのある「高村光太郎」論なのだと理解しました。


             智恵子抄の見開きページ・智恵子の切り絵


 吉本さんは、この本の「智恵子抄」論の中で、この詩をまれにみる夫婦の生活であり、羨望はあっても、葛藤を推測することすら許さないと書かれて紹介なさっていますので、最後に引用させていただきます。


・-・-・-・-・-・

あなたはだんだんきれいになる

                    高村光太郎

をんなが附属品をだんだん棄てると

どうしてこんなにきれいになるのか。

年で洗はれたあなたのからだは

無辺際を飛ぶ天の金属。

見えも外聞もてんで歯のたたない

中身ばかりの清冽な生きものが

生きて動いてさつさつと意欲する。

をんながをんなを取りもどすのは

かうした世紀の修行によるのか。

あなたが黙って立ってゐると

まことに神の造りしものだ。

時時内心おどろくほど

あなたはだんだんきれいになる。

・-・-・-・-・-・

   引用  「高村光太郎」吉本隆明著・講談社文芸文庫 99p~100p

 




2022年11月27日日曜日

植物・2022年最後のもみじの紅葉・・

 


 今年のもみじの紅葉も、もうそろそろ終わりのようです。きょうは、散り敷いた葉が午後の日差しの中で、こんな風になっていました。





 このように見事なもみじの紅葉の落ち葉を見ていると、白居易の詩「林間煖酒焼紅葉」を思い浮かべてしまいました。「林間に酒を煖めて紅葉を焼(た)く」というあの詩です。

 林の中で紅葉を集めてたいて、酒をあたためて飲み、秋の風情を楽しんだという詩ですが、現代だったら屋外のキャンプでの楽しみと通じるのかなとも思いました。





 もみじの紅葉は、緑から黄色、オレンジ、ピンク、そして赤までさまざまな色のグラデーションを楽しめ、見上げてもすてきですが、散り敷いた風情も好きです。



 もう2,3回強い風が吹く日があれば、まだ木に残っているもみじもすっかり散ってしまいそうです。今年の最後のもみじの紅葉もすてきでした・・・。

 

 

植物・コトリトマラズとは?

 

 先日、TVで五島列島のトレッキングという番組を見ていましたら、「バクチノキ」という面白い名前の木が出てきました。茶色っぽいかなり大きい木なのですが、よく見ると木の皮がすっかりはがれていました。博打に負けて身ぐるみはがされるのに例えたとのことですが、なるほどと笑ってしまいました。

 そういえば、うちの庭にも「コトリトマラズ」というおもしろい名前の木があります。今の時期ですと、こんなかわいい赤い実をつけています。




 よく見ると、するどい「とげ」がありますので、小鳥は止まることができないようです。

 コトリトマラズはメギの別名ですが、メギは漢字では「目木」と書き、葉や茎を煎じて飲んだり、洗眼薬にもしたり、目に良いとのこと。

 春には、うすい黄色のかわいい花をいっぱい咲かせてくれます。

 同じメギ科の仲間の植物で、「ヘビノボラズ」という名前の植物もあるようです。この植物はまだ見たことがありませんが、こちらもやはり「とげ」がありますのでへびは、登れないということなのかしらと思います。



 この季節にかわいい真っ赤な実をつけるコトリトマラズですが、小鳥が実をつまめないためでしょうか、いつも初冬のころまで、残っています。



2022年10月24日月曜日

読書・「失われた時を求めて」3 高遠弘美訳のプルースト・(フェードルのセリフの名訳)

 


  10月も半ばを過ぎ、木々の紅葉が始まりました。ガマズミの実も赤くなり、陽の光をあびると、つやつやと輝いてかわいらしく見えます。

 



 「失われた時を求めて」③ 第二篇「花咲く乙女たちのかげにⅠ」プルースト 
高遠弘美訳 光文社古典新訳文庫を読みました。
  主人公は、ラ・ベルマが演ずる「フェードル」(ラシーヌの悲劇)の中のセリフを、いつも心の中で唱えているほどなのですが、そのポスターがシャンゼリゼの広告塔に貼られているのを見てこころを躍らせるのでした。そのセリフとは・・

・-・-・-・-・-・

高遠弘美訳では・・

「ここもとをいまにも発って、遠国(おんごく)へゆかれるとか」   

                      光文社古典新訳文庫 36pからの引用

・-・-・-・-・-・        

吉川一義訳

「急なご出立(しゅったつ)で、お別れしなければならないとか・・・」 

    「失われた時を求めて3花咲く乙女たちのかげにⅠ」 岩波文庫 46pから引用

・-・-・-・-・-・

鈴木道彦訳 

「あわただしくも遥かな国へ、われらを離れてご出立とやら・・・」

「失われた時を求めて3 花咲く乙女たちのかげにⅠ」集英社ヘリテージシリーズ

                              40pからの引用

・-・-・-・-・-・

井上究一郎訳

「急にはるかへお発ちになるとやら・・・」

「失われた時を求めて2第二篇 花咲く乙女たちのかげにⅠ」ちくま文庫

                               27pからの引用

・-・-・-・-・-・


 フェードルの本は、岩波文庫から「フェードル アンドロマック」ラシーヌ作として、 渡辺守章訳 で出版されているのですが、渡辺守章さんはフェードルのセリフをこのように訳されていました。

渡辺守章訳

・-・-・-・-・-・

「急なご出立(しゅったつ)で、お別れしなければならないとか。」

   ・-・-・-・-・-・        185pからの引用 

 吉川一義さんの訳とまったく同じでした。




 ラシーヌの悲劇「フェードル」は、1677年にブルゴーニュ座で初演されたという古い歴史があるのですが、日本でも2017年と2021年に大竹しのぶ・演出は栗山民也で上演されているようです。

 プルーストの「失われた時を求めて」に出てくる「フェードル」は、架空の女優のラ・ベルマが主役のフェードルを演じていて、主人公はマチネで観るのですが、最初は失望してしまうのでした。

   


                               

「フェードル」は、プルーストの時代には、実在した有名な女優のサラ・ベルナールが主役を演じているのですが、当たり役だったとか。この悲劇女優の試金石ともいわれる「フェードル」をサラ・ベルナールが初めて演じたのは、1874年で30歳だったとのことです。

 プルーストが生まれたのは、1871年ですから10代のころに、サラ・ベルナールの演じる「フェードル」を見た可能性があるのかもしれません・・。

 フランソワーズ・サガンの著書「サラ・ベルナール」によれば、サラは、グラモン家で1,2度プルーストにあったことがあるとのことですので、プルーストが「失われた時を求めて」の中で「フェードル」を書いたときに、架空の女優のラ・ベルマを登場させたのは、サラ・ベルナールのことが念頭にあったのかしらとも思ったのですが、どうなのでしょう・・。

 


 アンドレ・モーロアの「プルーストを求めて」という本に、プルーストが20歳のころの質問に対する答えが書いてあるのですが、架空の物語の中の好きな女主人公はという問いに、フェードルと最初に書き、それを消してベレニスにしたという記述がありました。

 フェードルは、やはりプルーストにとってセリフを暗記してしまうほどの、魅力ある演劇だったのかもしれません。


 高遠弘美さんが訳された「フェードル」のラ・ベルマのセリフ、

「ここもとをいまにも発って、遠国(おんごく)へゆかれるとか」は、  

             やはり古典劇にふさわしい重厚な名訳だと改めて思いました。










2022年9月23日金曜日

俳句・漱石と子規の俳句の曼殊沙華・・・

 


 いつもお彼岸のころになると、彼岸花(曼殊沙華)が咲くのですが、自然の摂理の不思議さを感じてしまいます。21日に明治の森で写した彼岸花です。台風が過ぎた翌日ですが、1,2本倒れただけで、何事もなかったかのように、咲いていました。




        曼殊沙花あっけらかんと道の端      漱石

  漱石俳句集に出ていた句ですが、あっけらかんという表現が漱石らしくて好きです。


 




  漱石の友人だった子規は、こんな句を作っています。

         薏苡(ずずだま)の小道尽きたり曼珠沙華       子規


 ずずだまとは、数珠のような実がなる植物です。子規はもう自分の命の小道がつきようとしているのを知っていて、その道のつきたところに天上の花の曼殊沙華が咲いていると歌っているのだと思います。斎藤茂吉は、曼殊沙華というエッセイの中で、子規は偉いのでこの句位に達したのだと書いていますが、このように客観的に自分の死を見つめることのできた子規の胸中を思うと、この句の重みを感じてしまいます。




 わたしはどちらかといえば、漱石の人柄がにじみ出ていて、時にはユーモアさえ感じられる漱石の俳句が好きです。



2022年9月22日木曜日

那須高原・2022年秋・明治の森のコスモス畑

 


 先日は大型台風14号が、通り過ぎたのですが、台風前の17日に明治の森にコスモスを見に行ってきました。

 これは台風前の17日のコスモス畑です。秋晴れの空の下に、コスモス畑が広がっていて見事でした。

  


  色はキコスモスが多く、白やピンクはまばらで、遠くからみると、ほとんどオレンジ色に見えました。

   遠くに見える白い家は、保存されている青木周蔵那須別邸ですが、近くで見るとこんな感じです。




 コスモス畑に麦わら帽子をかぶった女の子がいたのですが、しゃがみこんでコスモスに見いる女の子は、まるで「いわさきちひろ」さんの絵のようでした。     

 



 コスモス畑には、いろいろな蝶がとび、蜂が蜜を吸っていて、とてもにぎやか。

 この蝶は、ギンボシヒョウモンかしらと思ったのですが、どうなのでしょう?




      やわらかな秋のひざしが降り注ぐ高原のコスモス畑。

                     すてきな時間が流れていました・・・。



2022年9月8日木曜日

読書・「詞華美術館」塚本邦雄 講談社文芸文庫       (言葉の詞華がきらめく究極の本・・・)  



 いつも夏の終わりのころになると、ヤマザクラのまるで紅葉のようにきれいな葉が、散歩道に落ちているのを見かけます。でも、これは、紅葉ではなく病葉(わくらば)とのことですが、 あまりにもすてきなので、見惚れてしまいました。



 塚本邦雄さんの「詞華美術館」を読みました。彼の本を読むのは久しぶりで、12冊目になりました。この本は、まるで彼の美意識の集大成のような本で、彼は言語の美術館を目指していたのだと思いました。

 塚本さんの言葉の美学は、文学のジャンルや時間さえ超えて、彼の美意識にかなった言葉の華を集めてこれでもかというように、提示してくれるのです。

 それも、こだわりの全部正字旧仮名遣いを用いて・・。

 わたしは、塚本さんの本はいつもランダムにそのときに、最初に開いたページを読むのですが、この本はまさにどこを開いても、言葉の星が、それぞれまぶしく輝いていて宇宙に散らばっているようで見惚れてしまいます。



  

  まず、最初の「展翅板」(てんしばん)では、全部「蝶」づくし。「蝶」という言葉が出てくる、短歌、詩、物語の中の言葉、などから塚本さんの美意識にかなうものを選りすぐって花束にしています。

 ☆後鳥羽院の歌「うすく濃き苑の胡蝶はたはぶれてかすめる空に飛びまがふかな」からはじまり、 ☆安西冬衛「落ちた蝶」  ☆ジェラール・ド・ネルヴァールの「蝶」中村眞一郎譯   ☆「堤中納言物語」「蟲めづる姫君」の中に出てくる蝶  ☆内藤丈草の俳句「大原や蝶の出てまふ朧月」     ☆「蝶の繪] 久生十蘭  

 というように、「蝶」づくしなのですが、塚本さんの想像力は変幻自在で、後鳥羽院の歌から言葉を求めて蝶のようにあちこちに飛ぶのでした。

 ちなみに「展翅版」の「展翅」(てんし)とは、標本にするために昆虫のはねを広げて固定することだそうです。



 塚本さんは、本の後ろの「《跋》玲瓏麗句館由来」でこの詞華集についてこのようなことを言われています。

 1967年春ころ、悪の華の「旅への誘ひ」を長歌にみたて、反歌として「新古今和歌集」の後京極良経の「志賀の花園」を配し、その至妙のアンサンブルにひとり酩酊なさっていたそうですから、さすが塚本さんですよね。

 そこからはじまり、古今東西の詩歌の名作をひとつの主題のもとに選び、その組み合わせかたから、醸し出される不思議な味わいを楽しんでこられたとのこと。

 しかし、これらはまだほんの前菜で、聖書や古事記、アンチロマン,SFなどからまでその美味な部分だけを集め、メインデッシュに再編集なさったとか。なんだか溜息まで出てきました。



 この本は、塚本邦雄さんの美意識にかなったものだけを選りすぐった詞華集なので、彼は何の目的もなく旅に出るとしたら、この一冊だけ持っていくとのこと。もしかすると彼もかなり気にいられていたのだと、確信しました。

 この本はかなりマイナーで、究極の彼の趣味の私家版のような詞華集ですが、どのページを開いても、言葉の星がきらめいていて、そのまぶしさに魅了される本でした。