2017年12月27日水曜日

今年の冬一番の雪



 きょうは、今年の冬一番の雪が降りました。


 ミヤコザサに積もった雪を見ると、ふわふわの綿雪でした。



  白一色の世界に、よく見てみると小さな真っ赤な実がついている木がありました。ニシキギです。すっかり葉の落ちた枝に、かわいい実がイヤリングのように付いていました。



 もう、少し大きな丸い実は、サルトリイバラ。
 サクランボの3姉妹のよう。


 我が家のベランダの椅子もこんな感じ。


 風も強く、ときどき吹雪くと、最初の景色は、こうなりました。


 きょうは、じっくりと雪見を楽しむ一日でした。





2017年12月25日月曜日

パリのレストランの思い出



  パリからの知人のFBを見ていましたら、なぜかずっと以前にパリのレストランに行ったときのことを、思い出しました。

 わたしとパートナー、そして、フランス人の友人カップルと、4人で行ったレストラン「ラセール」です。



  フランス料理研究家の辻静雄さんは、「パリの料亭(れすとらん)」という本の中で、このレストランを、パリのレストランの中で一番好きだと紹介なさっていました。




  わたしの「ラセール」の第一印象は、インテリアが豪華でまるで異次元の世界に迷いこんだのかしらと思ったのでしたが、食事の質はもちろんですが、サービスも完璧でした。

 わたしたち4人は、それぞれ違う料理を注文し、少しづつ皆で味見をして楽しみました。ワインを飲んだときには「ベルベットのような舌ざわりだね」と言ったのを覚えています。ボルドーの最高の赤だったと思います。



 フランス料理は、気のおけない友人と楽しいおしゃべりをしながら、食べるのが最高と辻静雄さんもおっしゃっていますが、そのことをしみじみと実感したレストランでした。

 支配人の方が、銀のトレイに載せたミニチュアのフライパンを、うやうやしく「マダ~ム、」と言ってきょうの記念にとおみやげに下さったのでしたが、それも忘れられない思い出です。



 レストランを出るときに、多分生涯の中で一番のすてきな思い出に残るフランス料理の
会食になるだろうなあと思ったのもしっかりと覚えていて、そして、まさにそうなったのでした。

 フランス人の友人はその後、あの時の女性ではなく別の女性と結婚して離婚、いまはまた、さらに別の女性と同居中という人生なのですが、やはりあの時の「ラセール」での会食は、生涯での最高のレストランの思い出になっているのではと確信しています・・。









 

2017年12月14日木曜日

クリスマスの頃・・・


   
 12月も半ばになりました。我が家も、クリスマスの飾り付けをし、いつものようにクリスマスカードを2通だけフランスの友人に送ったところです。


 飾りのメインは、例年のようにわたしの手作りのクリスマスツリーなのですが、今年は小さなテディベアも参加させました。


  この小さなテディベアは、以前に知人がわたしのために作ってくれたもので、足の裏にわたしの名前が書いてある思い出のベアーです。


 このテディベアをプレゼントしてくださった方は、病気や離婚など人生の困難を乗り越え、元気に過ごしていらっしゃるのですが、わたしはいつも秘かにエールを送っています。


  クリスマス前のこの時期になると、カポーティのクリスマスの本が読みたくなると、2014年の12月のわたしのブログに書いたのですが、その時は「クリスマスの思い出」でした。
  

 今年もやはり、彼の本が読みたくなり、今回は「あるクリスマス」を、読んでみました。カポーティが、父と過ごした最初で最後のクリスマスの思い出です。


村上春樹さんの訳で、山本容子さんの銅版画の挿絵が載っている大人の絵本のようなすてきな本なのですが、やはり胸きゅんの物語でした。
 カポーティは、母がまだ15,6歳の頃に、父と出会って生まれているのですが、母は若すぎたため育てることができずに、アラバマの田舎の実家に預けられ、そこで育っています。そこでの生活は、スックという60歳を越えた女性と、犬のクイニーとのしあわせな暮らしでした。


 6歳の時に、カポーティは生涯に一度だけ父の住んでいたニューオリンズまでクリスマスを過ごすために出かけたのですが、その時のことがこの本に書かれています。
 父の家でバディー(カポーティ)は、プレゼントとしてペダルで漕ぐ飛行機を買ってもらいます。そして、父との別れの日、父は育てられなかった後悔でいっぱいになり、酒を飲んでよっぱらい、バディーに「どうか愛してると言ってくれ」と頼むのですが、バディーは言えずに別れてしまいます。バディーはアラバマに戻った後、父にお礼の手紙を出したのですが、父が亡くなった後、父の金庫の中にその手紙が大事にしまわれていたのを、大人になってから見つけたのでした。
 そこでこの物語は、終わっています。


 カポーティの人生を考えながらこの手紙を読むと、胸が締め付けられるような気分になります。最後のページからの手紙の英文と、村上春樹さんの訳文を引用させていただきます。

・-・-・-・-・-・-・-・           
Hello pop
hope you are well I am
and I am learning to pedal 
my plain so fast I will
soon be in the sky so
keep your eyes open
and yes I love you
         Buddy

「とうさんげんきですか、
 ぼくはげんきです、
 ぼくはいっしょうけんめいペダルこぐ
 れんしゅうしてるので、
 そのうちにそらをとべるとおもう、
 だからそらをみていてね、
 あいしてます、
         バディー」

・-・-・-・-・-・-・
 引用 「あるクリスマス」トルーマン・カポーティ著 村上春樹訳 文藝春秋71p

 カポーティが父と別れた日に、父が言ってくれと願っていた言葉「あいしてる」が、この手紙には、書かれていたのでした。

 カポーティの父は、この作品が書かれる前年に亡くなり、彼自身もこの作品を書いた翌々年に亡くなっているそうです。

 彼はこの本をいっしょに暮らすことのなかった父へのオマージュとして、書いたのだと思いました・・。



 







2017年12月9日土曜日

日の出のパフォーマンス



 12月に入ると、日の出がすてきです。
 6時半頃に目が覚めると、カーテンが少し明るく染まりだしたので、きょうは朝日が
綺麗に見えそうと、カメラを用意しました。
 

カーテンを開けてみると、雲がバラ色や黄色、オレンジ色などに染まり、太陽が山の端から少し顔を出していました。


 昨日に降った雪が木々の枝を白く縁取っていて、すてき!


 太陽に向かって手を合わせて、拝みたくなるような気分になりました。きょうも一日
良いことがありますようにと・・・。

 昨日に降った庭の雪景色にも、朝日がさし、バードバスの後ろなどが、バラ色に
染まっていました。


 きょう、12月9日の日の出の時刻は、6時41分でした。



2017年12月4日月曜日

リルケのゆたかな林檎よ・・・



 食べ物の中で何が一番好きかと問われたら、多分「りんご」と、答えると思います。子供の頃からなぜかりんごが大好きでした。



 先日、リルケの詩を読んでいましたら、りんごが出てくる詩を見つけうれしくなったのですが、こんな詩です。
・-・-・-・-・-・-・-・

 ゆたかな林檎よ
          リルケ

ゆたかな林檎よ 梨とバナナよ
スグリよ・・・・・・・これらはみんな口のなかへ
死と生を語りかける・・・・・ほのかに私はそれを感じる・・・・・
子供の顔からそれを読みとるがいい

彼が果物を味うときに。それは遠い所から来るのだ
君たちの口のなかがおもむろに名状しがたくなりはしないだろうか?
いつもは言葉があったところに 新しい発見が流れる
果肉のなかからふいに解き放されたものが

君たちが林檎と名づけているものを 敢えて語るがいい
この甘さ はじめに濃くかたまって
それを味う口のなかでそっと起ち上り

清らかになり 目ざめ そして透明になるものを。
それは二重の意味をもっている それは太陽のものであり 地上のもの 此の世のもので
   もあるのだ
おお この経験よ 感触よ 歓喜(よろこび)よーーー大きな!

・-・-・-・-・-・-・-・
     引用 リルケ詩集 富士川英郎訳 新潮文庫 167p~168p




 りんごは、太陽のものであり、そして地上のもの、この世のものでもあるのですね。
 
  ロンドンに住んでいたときに、庭にりんごの木がありました。日本のように甘くて大きいりんごではなく、小ぶりでそのままかじってみると、まだ未熟で少しすっぱい味がするりんごでした。




 こういうりんごなので、料理して食べるのかと思ったのを覚えています。英国では
このりんごでアップルクランブルをよく作って食べました。

 そういえば、ローマ人の食事は卵で始まり、りんごで終わったということを、澁澤龍彦さんが、フローラ逍遥の中で書いていらっしゃいました。
 このことから「卵からりんごまで」というのは、「始めから終わりまで」という意味になるのだとか・・・。

 りんごを食べながら、いろいろなことを想う午後でした。