2016年4月18日月曜日

和泉式部の恋の道




 和泉式部が、最初の結婚相手の橘道貞の愛を
取り戻そうと願って参拝した、貴船神社を訪ねてきました。

 京都の出町柳駅から叡山電車で鞍馬に行き、
山を2時間ぐらい歩いて貴船に出ました。



 貴船神社に参拝する道は、和泉式部の恋の道とも
言われています。

 赤い春日灯篭が迎えてくれました。

  


 奥宮に通じる杉の木立の道を歩いていると
和泉式部がはるばる京の都からここまで
どんな想いで来たのだろうと、彼女の胸中が
偲ばれました。

 奥宮の手前には、当時の参拝する人々が
手を清めたと言われている小川が流れていました。




 その小川は、和泉式部を偲んで
「思ひ川」と、名づけられていました。


 和泉式部はこんな歌を詠んでいます。

☆ものおもへば 沢の蛍も わが身より
            あくがれいづる魂かとぞみる

 さすが、和泉式部、という歌ですね。
好きな歌です。

 奥宮に深紅の椿が咲いていたのですが、
どきっとするような生々しい椿でした。




 和泉式部は、その後、冷泉天皇の第3皇子
弾正宮為尊親王や、弟宮とも恋をし、そのいきさつは
「和泉式部日記」にも書かれている通りです。

 恋多き女性だったようですね・・・。

 











仁和寺の御室桜




 仁和寺と言えば、徒然草の第52段
「仁和寺にある法師・・・・・・・」がすぐに思い浮かびます。

 また、遅咲きの桜「御室桜」が有名なのですが、前回訪ねたときに
中門内の西側に広がる背丈の低い桜の林が気になっていました。

 4月14日に見に行ってきたのですが、こんな感じでした。




 門前には、開花情報として「散り始め」と出ていたのですが
晴れの良い天気にも恵まれ、すてきな花見をすることが
できました。

 御室の桜は、200本もあるそうで、丈が低い特徴が
あります。




 桜の花びらが、散り敷いているのがすてきで
あちこちには、たんぽぽなども咲いていました。

 花は大き目で、白っぽい感じでした。






 着物姿の女性が花見にいらしていたのですが、
まさに絵になっていました。





  蕪村がこの御室の桜を俳句に残しています。


「ねぶたさの春は御室の花よりぞ」     
                     蕪村

 蕪村の時代からこの御室桜は、
有名だったようですね。






2016年4月17日日曜日

春の錦・平安神宮のベニシダレ



 2016年4月13日の京都平安神宮の
ベニシダレザクラです。




 花は満開を少しだけ過ぎていたのですが、
きみどり色のやわらかな葉をつけているベニシダレは
風にゆれると、妖精たちがダンスしているようにも
見えました。



 
 池の水面に木々の緑と、青空が写っているのもすてき!!!

 しかし何といっても、建物の朱色をバックにすると
もう息をのむほどすてきでした・・。









 この桜に柳の緑が入れば、


♪見わたせば 柳桜をこきまぜて
             宮こぞ春の錦なりける
                      素性法師
    

 という古今集の和歌がぴったりの景色でした。




  通りすがりの二人連れの女性が、「この桜を来年も
見れるかしら・・・。」と、おっしゃっていたのですが、
ほんとうにそんなことを思わせるような見事な今年の桜でした。
 





2016年4月10日日曜日

記憶に残る一枚の絵(堂の下の岩観音)




 栃木県の伊王野や芦野から白河にかけての東山道は、
かっては、源義経や弁慶、そして江戸時代には芭蕉も
歩いた道ですが、桜の季節には、すてきなスポットが、
点在しています。

 堂の下の岩観音もそのひとつで、記憶に残る一枚の
絵のような景色が楽しめます。



 赤い屋根の観音堂
 樹齢300年以上と言われるエドヒガンやヤマザクラの古木
 かっては、岩観音が彫られていた芦野石の岩
 手前の菜の花畑も良い雰囲気です。


 観音堂に登って行く道には、竹やぶもあり、真っ赤な
椿が咲いていました。
 そして、 足元には、純白のアズマイチゲも・・・。




  夜には、ライトアップもされるということですが、また
違った雰囲気になるのでしょうね。

 記憶に残る一枚の絵のような堂の下の岩観音でした。











2016年4月7日木曜日

あえやかな桜・・・



 あえやかな桜・・・

 という言葉にぴったりの桜を見てきました。
 それは、こんな桜でした。




  この桜は、城下町白河の妙閑寺というお寺にある
由緒ある乙姫桜の2世です。
  
 乙姫桜は、伊達政宗が将軍家に桜を献上する途中に
このお寺に立ち寄ったとき、お寺の住職がその桜の1本を
いただいて、植えたということです。

☆はかなくて過ぎにしかたを数ふれば
     花に物思ふ春ぞ経にける

 この歌は、わたしの好きな式子内親王の作ですが、
新古今和歌集の春歌下に出ています。




 式子内親王が晩年にお住まいだった大炊御門(おおいみかど)殿には、
八重桜が植えられていたということです。

 この歌に出てくる「はかなくて」や「花に物思う」は、やはり桜ならではの
言葉のようにも思えてきます。
 
 花といえば、桜を指すようになった王朝時代を思わせるような
「あえやかな」きょうの桜でした。








 


2016年4月4日月曜日

ウグイスが鳴くころに咲く花



 きょうは、久し振りに春のやさしい雨が、降っていました。

 いつもの散歩道に傘をさして出かけますと、林のあちこちに、
ミヤマウグイスカグラが咲いていました。


            ☆春雨にぬれるミヤマウグイスカグラ


 ミヤマウグイスカグラは、よく見ますと、枝や葉、花冠などに
うぶげのようなやわらかい毛が生えています。

 長野県に住んでいらした宇都宮貞子さんの本「春の草木」にも
このミヤマウグイスカグラのことが書かれています。

 この本によれば長野の山村ではどこの家にも庭にこの
ミヤマウグイスカグラを移し植えていて、実を、春の真っ先に、
子供たちが食べたということでした。

 花はかすかに良い香りがして、赤い実は、酸っぱくなくて
甘いそうです。


      ☆雨のしずくが、丸くなって付いているミヤマウグイスカグラ

 ウグイスカグラ類の中で、
ミヤマウグイスカグラは、実にまで毛があるが、
ウグイスカグラは無毛、
ヤマウグイスカグラは、葉にだけ疎毛があるということです。

 また、長野県内のあちこちで、この木のことを、方言で
ウツギグミ、ヒョウタンゴミ、トックリゴミ、タウエズミ、
ナワシロズミ、シバトリゴミ、ケグミ、タアラグミ、
などと言うとも書いてありました。

 こんなにもいっぱい、グミとかゴミとかズミなどという名前で
言われているのは、この実がおいしいので人気があった証拠の
ようにもわたしには思えました。
 ちなみに赤くておいしい実がなるのは、長野では6月頃だそうです。

 
 きょうの散歩のときには、のどかにウグイスが鳴くのが聞こえました。

 そういえば、ウグイスが鳴くころに咲くのでウグイスカグラという
名前がついたという説もあるそうです。





 

2016年4月1日金曜日

2つのカタクリ群生地


 3月の29日と30日に、栃木県の2つの公園に
カタクリの花を見に行ってきました。

 29日は、栃木県那珂川町にある関東最大規模と
言われている「カタクリ山公園」です。

           
                    カタクリ山公園・那珂川町

 雑木林の枯葉が残る斜面に、ひっそりと下を向いて咲いて
いました。

 前日の夜に雨が降ったらしく、葉っぱには雨の粒が付いて
いるものもありました。


                   カタクリ山公園・那珂川町





 翌日の30日は、カタクリ群生地のある栃木県の「みかも山公園」に
カタクリの花を見に行ってきたのですが、こちらも見ごろで
花も少し大きく、群生の密度も濃いように思われました。

 コナラなどの生える標高230mの山の斜面に、うすむらさきの
カタクリの花が広がっているのは、見事でした。





                     みかも山のカタクリ群生地

 カタクリの花は、万葉集には、堅香子(かたかご)という
名前で出てきます。


 物部(もののふ)の八十少女(やそをとめ)らが汲みまがふ
       寺井(てらい)の上の堅香子の花

                (万葉集巻19 4143)

 おとめたちが水を汲む寺井のほとりに咲くカタクリの花よ・・
というような意味でしょうか・・。

 この歌は、当時、越中国守だった大伴家持が詠んだもの
ですが、現在の富山県ですので、春を待って咲くカタクリを見るのは
うれしかったのだろうなあと思いました。


                           「みかも山」のカタクリ