2015年8月28日金曜日

万葉集の花・葛(くず)



 万葉集に出てくる花に、「葛」があります。
 
大磯の荒磯(ありそ)の渡(わたり)はふ葛の行方も無くや戀ひわたりなむ
                        万葉集二十巻3072




(大磯の荒磯のあたり一面に延びていく葛のように、これからも行方定めずに恋しさをつのらせていくわたしなのでしょうか)

        というような意味だと思います。

 葛は、マメ科の大形つる性多年草ですが、わたしが住んでいるこの辺りには、どこにでも
生えています。




 ご存じのように、根からは、葛粉がとれ、漢方では葛根(かっこん)といって発汗・解熱剤
ともなり、茎の繊維では葛布(くずふ)も織れるというすぐれものです。

 茎の繊維からは、どんな布が織りあがるのでしょう・・。




 葛は、また「秋の七草」のひとつですが、改めてよく見てみると、赤紫色の蝶の形の花が総状についていて「きれい~」と、思わず言ってしまうような豪華さです。




 いままでに何度も見ていたはずなのに、葛の花って、こんなにきれいとは、気づきませんでした。

 先日、お会いした方に「葛の花は、コーラの香りがするよ」と教えていただいたので、早速嗅いでみましたら、甘いフレッシュな炭酸の香りがしました。(^^♪

             香りもすばらしい花でした!



 




2015年8月24日月曜日

水引草に風が立ち・・・



 わたしがまだ学生だった頃、大好きな詩人は立原道造でした。

 彼の詩「のちのおもひに」に出てくる「水引草」が、いま、うちの庭に咲きはじめました。
  
 こんな花です。

  

 正しくは「ミズヒキ」といいます。 赤い小さな花びらのように見えるのは、実は4個の萼片です。

 赤い萼片を裏に返して見ますと、白く見えるので紅白の水引にたとえてミズヒキという名前になったということですが、試してみますと、やはり、白かったです。

 今朝は、雨が降りましたので、雨の雫も付いていてすてきでした。

 「のちのおもひに」には、この花穂が風に揺れる様を「水引草に風が立つ」と表現していますが、こんな詩です。




・-・-・-・-・-・-・-・-・
 「のちのおもひに」
               立原道造

夢はいつもかへつて行った 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午(ひる)さがりの林道を

うららかに青い空には陽がてり 火山は眠つてゐた
ーそして私は
見て来たものを 島々を 波を 岬を 日光月光を
だれもきいてゐないと知りながら 語りつづけた・・・・・

夢は そのさきには もうゆかない
なにもかも 忘れ果てようとおもひ
忘れつくしたことさへ 忘れてしまつたときには

夢は 眞冬の追憶のうちに凍るであらう
そして それは戸をあけて 寂寥のなかに
星くづにてらされた道を過ぎ去るであらう
・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・
       引用 立原道造詩集 彌生書房 39p、40p



 「水引草に風が立つ・・・」すてきな表現ですね。

 うちの庭の水引草にも、風が立ったようです。雨のしずくが一つ落ちました。



             立原道造詩集・小山正孝編・彌生書房




























2015年8月23日日曜日

始まりの一枚と一冊




 ペーター・ホフマンの歌う「スカボロフェアー」を、知ったのは、塚本邦雄さんの著書「世紀末花傳書」でした。



 この本のことは、知人から教えていただいたのですが、もう、絶版になっていてネットで古本を購入しました。

 その本にペーター・ホフマンの歌う「スカボロフェアー」のことが、このように書かれていたのです。



・-・-・-・-・-・
「土地を一エイカー見つけてもらってほしい、(丘の中腹、木の葉が散らばる)パセリにセージ、ローズマリーにタイム(銀色の涙でお墓を洗う)鹽水(しおみず)と、それが打ち寄せる岸の間に(永く忘れていた子を思い出す)そうすれば僕の
真実愛する人になる(そうすれば私の真実愛する人になる)」、以上はクライマックスとなる三番。括弧内はソプラノのデボラ・サッスーンの唄うキャノンの部分、その至妙な絡み合いが聴いてほしい。ここへ来ると私は必ず涙が溢れそうになる。ホーフマンの表現力の極限である。感動はワーグナーをすら超える。
・-・-・-・-・-・-・
    引用「世紀末花傳書」塚本邦雄著・222p、223p




 そこで早速このCDも取り寄せて聴いてみました。

 ペーター・ホフマンは、ドイツテナー御三家といわれる歌手で、デュエットをしているソプラノのデボラ・サッスーンも透き通るようなやさしい美声です。

 あのスカボロフェアーが、オペラのような物語になっていました。




 塚本さんは、歌人ですが卓越した王朝短歌の評論も書かれています。

 ここ数年、彼の本を読み始めるきっかけとなったのがこの「世紀末花傳書」であり、ペーター・ホフマンの「スカボロフェアー」でした。




 本との巡り合いの縁は不思議です。
 そして、この本とCDのことを教えてくださった方とも、ご縁ができました。

 





2015年8月18日火曜日

ショパンが愛した卵とほうれんそう


 ♪ショパンが愛した卵とほうれんそう



 わたしがショパンを好きになったのは
ロンドンに住んでいた頃でした。

 飽きもせずに、いつもいつも繰り返して聴いていたのは、
クラウディオ・アラウの弾く「ノクターン」です。


 アラウのゆったりとした優雅な弾き方は、
間のとりかたも絶妙で、息をひそめるように
次の旋律を待って、聴き入ったものでした。
懐かしく思い出します。

 そのころに読んだ本を、偶然に本箱から
見つけ再読してみました。

 フィッシャーという名ピアニストが書いた
「音楽を愛する友へ」という本ですが、
その本にこんなことが書かれていました。


 ショパンが友人たちの家に招待されたとき
彼が求めたものは
「やわらかい卵と少量のほうれんそう」
だったということです。

 「やわらかい卵と少量のほうれんそう」

 なるほどです。とてもショパンらしい好みだなあと
思いました。

 彼は、大勢のひとたちが集まるようなところは
苦手で繊細な人でしたから、食もこのようなものが
好きだったのでしょう。

 というわけで、早速わたしも、アレンジして作ってみたのが
冒頭の卵とほうれん草の料理です。

 ほうれんそうは、さっとゆで、牛乳を入れた卵で
ふわふわの炒り卵にしてみました。

 少しのケチャップをかけて、ショパンを偲びながら
おいしくいただきました。



2015年8月10日月曜日

秋きぬと・・・・・・・



♪秋きぬと目にはさやかに見えねども
      風の音にぞおどろかれぬる
                


 古今和歌集の秋歌上の最初に出てくる
藤原敏行朝臣の和歌です。

 「秋立つ日よめる」と詞書にありますので、立秋の
頃に詠ったのでしょうか。

 それにしても今年の夏は、猛暑でした。
 8月8日が立秋だったのですが、その日を境に
少ししのぎやすくなった感じがします。

 猛暑の間中、わたしをなぐさめてくれたのが
庭にある「ヤマナラシ」でした。


 ヤマナラシは、少しでも風が立ちますと
「さらさら」と、さわやかな音をたててくれました。

 さらさらと音のする方を見ると、いつもヤマナラシが
いちばんに風を、受けて知らせてくれるのでした。
 

 この古今集の秋きぬと・・の和歌の前には、夏の最後の歌が
載っています。

♪夏と秋と行きかふそらの通路(かよひぢ)は
           かたへすゞしき風やふくらん

 行く夏と来る秋とが空の通路ですれちがうということ
でしょうが、発想がおしゃれですね。




      ヤマナラシ Poopulus sieboldii
      (山鳴らし)
      別名 ハコヤナギ
      ヤナギ科ハコヤナギ属(落葉高木)
       日あたりのいい山地に生え10~25mになる。
















2015年8月5日水曜日

フシグロセンノウを見ると思い出すこと。


 きょうは、激しい夕立があったのですが、
雨上がりの林の下に、朱色のフシグロセンノウが
咲いているのを見つけました。


わたしはこの花を見る度に、いつも思い出して
しまうお話があります。

 それは、日本の名随筆の「花」に書かれていた
岡野弘彦さんの「ふしぐろせんのう」という話しです。

 岡野さんのお母様が、まだ7,8歳のころだったそうです。

 父親に連れられて実家の持山に入り、 うっそうとした
暗い杉林を二人でどこまでも歩いて行くと、崖がありました。


 下を見ると谷川で、若く美しい女の人が洗濯をしていました。
 その女の人は、冷たく透き通った水の中で、赤い花模様の
着物を洗っていたのですが、その指先までも見えたそうです。

 振り返って顔を見せて欲しいと、じっと待っていたのですが、
突然、山の上の方で父の呼ぶ声が聞こえました。
 
 はっと我に返ってよく見ると、もう、女の人の姿はどこにも
見えなかったということです。


 岡野さんのお母様の母上は、お母様が6歳のときに
亡くなられていたので、かなしい白日夢を見たのだろうと
岡野さんは書かれていました。

 そのお母様が好きだった花が、このフシグロセンノウ
ということです。


  フシグロセンノウは、林の下の緑の中に咲く
朱色の花なので、朱色が目に染むほど鮮やかです。

 今年は例年になく早く咲きました。


 
・-・-・-・-・-・
フシグロセンノウは、  

ナデシコ科センノウ属の花で
山地の林下に生える多年草。 

名前の由来は
節が紫黒色なのでフシグロ
嵯峨の仙翁寺で見つかったので
センノウ
あわせて、フシグロセンノウということです。

分布は、本州・四国・九州
花期は、7~10月
・-・-・-・-・-・






  



 
 

2015年8月4日火曜日

定家の扇の風・・・





♪移り香の身にしむばかりちぎるとて
        扇の風の行方たづねむ
                      藤原定家



 定家の歌に、こんなに色めいた歌があるとは知らなかったのですが、塚本邦雄さんの著書「定家百首・雪月花」と、「王朝百首」で知りました。

 塚本さんによれば、定家は恋歌の名手で、この歌は29歳の時の作ということですが、「王朝百首」には、こう書かれています。

・-・-・-・-・-・
 「濃艶であってしかも爽やか、肉感的であってしかも雅やか その上に物語絵巻の一齣を見るかに ロマネスクである」
                ・-・-・-・-・-・

 塚本さんの文も、簡潔でしかも華麗、定家の歌の本質を、見事に言い表していると思いました。





 定家は、職業歌人でしたが、塚本さんによれば彼は「王朝貴族にはめずらしく、伝えられるほどの醜聞もなく、恋歌はすべて創作」ということですのでこの歌もそうなのでしょうが、さすがプロの歌だと思いました。

           好きな定家の和歌です!!!









2015年8月3日月曜日

花火は、モダンアート


 昨晩は、城下町白河市の花火大会を、見て
きました。


 右下に見えるのが白河城です。
花火は、アジサイの花が咲いているようにも見えました。


これは、ヤグルマソウ。



どれもこれも、花に見えます。
花火とは、火の花なのだと語源に納得です。






この辺りからは、もう現代アートのようにも
見えました。
ただただ、圧倒されます。











         




夏は、やっぱり花火ですね。(^^♪