2018年1月20日土曜日

猫の詩を二つ・・・。




  きょうの散歩のときに、出会った猫です。まだ幼いようで、冬の陽ざしを浴びて物憂げに
こちらを見ていました。


 猫の詩と言えば、萩原朔太郎の「猫」が、すぐにあたまに浮かんできます。
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 「猫」
            萩原朔太郎

 まつくろけの猫が二疋、
 なやましいよるの家根のうへで、
 ぴんとたてた尻尾のさきから、
 糸のやうなみかづきがかすんでゐる。
 『おわあ、こんばんは』
 『おわあ、こんばんは』
 『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』  
 『おわああ、ここの家の主人は病気です』
・-・-・-・-・-・-・-・
           引用 萩原朔太郎詩集「青猫」集英社文庫35p

 真っ黒な猫が二匹、そしてその尻尾の先には、ほそ~い三日月、シュールな世界ですが、病的なほどの感受性だなあといつも思います。




 萩原朔太郎は、室生犀星と友人だったのですが、室生犀星も猫の詩をいくつか書いていますので、引用させていただきます。

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   猫のうた

 猫は時計のかはりになりますか。
 それだのに
 どこの家にも猫がゐて
 ぶらぶらあしをよごしてあそんでゐる。
 猫の性質は
 人間の性質をみることがうまくて
 やさしい人についてまはる、
 きびしい人にはつかない、
 いつもねむつてゐながら
 はんぶん眼《め》をひらいて人を見てゐる。
 どこの家にも一ぴきゐるが、
 猫は時計のかはりになりますか。
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                                   引用 「動物詩集」室生犀星 



 室生犀星の家で飼われていた猫のジーノの写真を見たことがあるのですが、火鉢の縁に両手をかけて暖をとっているかわいい姿でした。室生犀星のこの詩も、とても彼らしく現実的で人間観察も彼独特のものがあり、ユーモアさえ感じられる詩だと思います。

 朔太郎と犀星、彼らの猫の詩は、二人の個性の違いがはっきりと感じられ、比較してみると、とてもおもしろく思いました。





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