2023年1月10日火曜日

読書・プルーストの植物・忍冬(すいかずら)で覆われた魅力的な窓・・

 

 散歩のときに見たスイカズラの黒い実です。スイカズラは夏にすてきな香りのある花を咲かせるのですが、花は2つづつ並んで咲き白から黄色に変わるのでキンギンカとも呼ばれています。

 英語ではハニーサックル。黒い実も、野鳥のつぶらな瞳を思わせてすてきです。




 この写真を写した日に、偶然に読んでいた高遠弘美訳のプルーストの「失われた時を求めての4」の500pにこの忍冬が出てきたのを見つけうれしくなりました。

 主人公が後に好きになる少女を、画家のアトリエの中の窓から見かけるという大事なシーンに出てきます。少女は黒い髪でポロ帽を目深にかぶり、画家にほほえみを浮かべながら田舎の並木のある小径をこちらに歩いてくるのです。

 画家はその少女を知っているらしく主人公に名前もアルベルチーヌ・シモネと教えてくれるのですが、紹介してもらおうと期待しているまもなく、彼女は遠ざかって行ってしまうのでした。

 その少女、アルベルチーヌを見つけることができた記念すべき画家の小さな窓は、スイカズラに覆われ魅力的に思われていたのですが、彼女が去ってしまうとすっかり虚ろになってしまうのでした。というところです。



 失われた時を求めてを読むのは、この高遠弘美さんの訳が4度目ですが、今回初めてこの窓辺を覆う「忍冬(すいかずら)」の花が出てきたことに気づきました。

 英国に住んでいたころ、趣味だったカントリーウォークで田舎にでかけたときに、このスイカズラ(ハニーサックル)が田舎の家の窓のまわりや、生垣として植えてあるのをよく見かけたことがあるので、フランスでも好まれたのだと思います。花もかわいいですし、何よりも香りがすばらしいからです。

 


 忍冬に覆われた窓から、主人公が後に好きになる少女のアルベルチーヌを見かけたという設定は、花の好きなプルーストらしい特別な演出のようにも思えました。

 ちなみに、高遠弘美さんはこの花のことを「忍冬(すいかずら)」と漢字にひらがなの読み方を入れて訳されているのですが、井上究一郎さんはひらがなで「すいかずら」。鈴木道彦さんは、カタカナで「スイカズラ」。吉川一義さんも同じカタカナで「スイカズラ」と、訳されていますのでその部分を引用してみます。

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井上究一郎訳 「失われた時を求めて」3第二篇花咲く乙女たちのかげにⅡ ちくま文庫

 266p

「私はさっきの少女が小窓の框のなかにあらわれる以前のような落ちつきを失って、それまで、すいかずらをまとってあんなに美しかった小窓も、いまはなんの風情もなかった。」

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鈴木道彦訳 「失われた時を求めて」4第二篇花咲く乙女たちのかげにⅡ 集英社文庫ヘリ           テージシリーズ

 327p~328p

「私はもうあの少女が小さな窓の額縁のなかにあらわれる以前のような、心の平静を保てなかったし、それまでスイカズラに囲まれてあんなに可愛らしく見えたその小窓も、今ではすっかり空っぽなものになっていた。」

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吉川一義訳 「失われた時を求めて」4花咲く乙女たちのかげにⅡ 岩波文庫

443p

「もはや私には、小さな窓枠のなかにあの娘があらわれる以前の冷静さはなかった。それまでスイカズラに覆われてあれほど魅力をたたえていた窓も、いまや完全に空疎なものになった。」

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高遠弘美訳 「失われた時を求めて」4「花咲く乙女たちのかげにⅡ」光文社古典新訳文庫

500p

「小さな窓のなかにあの少女が現れる前のような平静さはすでに私から消え、さっきまでは忍冬₍すいかずら)に覆われてあれだけ魅力的だと思われた窓もいまやすっかり虚(うつ)ろになっていた。」

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 スイカズラに覆われた魅力的な窓から見えたアルベルチーヌの姿は、窓枠を作ることで、絵はがきや、写真のようにわたしたちに映像として、イメージを残してくれ、さらにその風景の切り取りも見る人の精神状態でこのようにかわってしまうのだということを言っているプルーストの手腕には、いつもですが脱帽でした。