2021年12月15日水曜日

読書・「時のかけらたち」須賀敦子・青土社

 

 須賀敦子さんの最後の本になってしまった「時のかけらたち」を、読みました。須賀さんの本は、「ミラノ 霧の風景」を、読んだときからのファンでしたが、こんなにもヨーロッパを深く理解できる教養を持った女性が日本にもいるのだと思うと、うれしくなったのをいまでもはっきりと覚えています。この最後の本では、そのことを更に深く痛感させられました。



 40年前のまだ留学生だったころの須賀さんを虜にしてしまったローマのパンテオン。それは紀元前27年から25年にアグリッパが建てさせたのですが、紀元80年に火災で焼け落ちた後、125年に再建されたとか。須賀さんは、その再建された円形ホールの設計者といわれているのがあのハドリアヌス帝であるとわかったとき、とてもびっくりなさったそうです。

 というのも、須賀さんは当時、マルグリット・ユルスナールの「ハドリアヌス帝の回想」をめぐる文を書こうと思われていたからとのこと・・。この本とは、たぶん「ユルスナールの靴」のことかなと思いますが・・。

 パンテオンからハドリアヌス帝にたどりつくまでの、須賀さんがヨーロッパで過ごされた長い時の流れ、その中の「時のひとかけら」・・・そのひとかけらについて何か書きとめてみたいという文で、最初の章は、始まっています。



  そのあと、ヴェネツィアの悲しみ、アラチェリの大階段、・・などとイタリアでのお話がいろいろと続き、最後に須賀さんがたどり着かれたのは、やはりイタリアの詩と詩人のお話でした。最後の章は「サンドロ・ペンナのひそやかな詩と人生」というタイトルで、ペンナのすてきな詩を、彼女の訳で紹介なさっています。

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 ぐっすりとねむったまま生きたい

  人生のやさしい騒音にかこまれて。       サンドロ・ペンナ(須賀敦子訳)

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 須賀さんはこの詩の作者のペンナのことを、彼の詩は彼の人生に似ていると言われていますが、ペンナは最初にできた詩を、あのトリエステの詩人のサバに送ったそうです。ペンナとサバ、どちらの詩人も「人生、いのち、生活」のすべてを意味する「vita」から視線をはなすことがないと、須賀さんは二人の共通点をあげていらっしゃいます。




    そして、
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     「ペンナはいい詩人だ そこまで教えてくれて夫は死んだ」

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 と、須賀さんは最後のページに書かれているのですが、それを読んだ時、わたしはたまらなくなり、涙がこぼれてきました。須賀さんが病室で最後まで、手をいれていらしたというこの本は、やはり詩がお好きだったパートナーのペッピーノさんへのオマージュだったのかもしれないと、わたしには思えました。



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ぐっすりとねむったまま生きたい

  人生のやさしい騒音にかこまれて。    サンドロ・ペンナ(須賀敦子訳)

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 サンドロ・ペンナのこのたった2行だけの、深い味わいのあるすてきな詩は、須賀敦子さんの思い出として、ずっと、わたしの心にも残るものになりました・・・。





2021年12月7日火曜日

瀬戸内寂聴さんと、源氏物語・・・



 瀬戸内寂聴さんが、先月の11月9日に99歳で亡くなられました。TVやユーチューブなどでお聞きしたことのある瀬戸内さんのあの独特の親しみやすくやさしいお声が、耳に残っています。



 寂聴さんは以前に「生きた・書いた・愛した」というタイトルの対談の本を出していらっしゃいますが、彼女の99年の人生を考えると、この言葉がぴったりのように思えます。

 また、反戦や原発反対などで行動するお姿や、宗教家というお立場からのわかりやすく親しみやすいお話も、忘れられません.

 寂聴さんの著作の中では、源氏物語の訳が一番好きです。わかりやすく平易に読め、彼女のお人柄が訳にもあらわれているように感じるのは不思議です。寂聴源氏で源氏物語を完読した方は、きっと多いと思います。


          ★瀬戸内寂聴訳 源氏物語 講談社 (全十巻)


 寂聴さんの書かれた「場所」という本に、「源氏物語」を現代語に訳された、谷崎潤一郎さん、円地文子さん、そして瀬戸内寂聴さんのお三人が、同じ目白台アパート(いまはヴィンテージマンションになっています)に住んでいらしたことがあると書かれていたのですが、偶然とはいえ、お三人の不思議なご縁を感じました。

 

            ★谷崎潤一郎訳 源氏物語 中央公論社

          ★円地文子訳 源氏物語 新潮文庫 (全五巻)

 寂聴さんが最初に源氏物語を読まれたのは、徳島県立の女学校に入ったばかりの13歳のときで、学校の図書館で「源氏物語 与謝野晶子訳」を、夢中になって読まれたとか・・。寂聴さんは「読みやすい歯切れのよい文章」と、与謝野源氏について書かれているのですが、そういえば、わたしも最初に源氏物語を全巻読んだのは、与謝野晶子の訳でした。


        ★與謝野晶子訳 源氏物語 角川文庫 (上・中・下巻)

 寂聴さんは、また「わたしの源氏物語」という本で、源氏物語について、ご自分のお考えも入れてわかりやすく解説していらっしゃるのですが、読み応えがありわたしの好きな1冊になっています。この本の最後に、源氏物語の主人公は、光源氏ではなく、源氏のまわりの女性たちであったと思えてならないと、言われているのですが、彼女の視点にわたしも共感です。寂聴さんの訳の源氏物語は、こんな風に始まっています。

 


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 いつの御代(みよ)のことでしたか、女御(にょうご)や更衣(こうい)が賑々(にぎにぎ)しくお仕えしておりました帝(みかど)の後宮(こうきゅう)に、それほど高貴な家柄のご出身ではないのに、帝に誰よりも愛されて、はなばなしく優遇されていらっしゃる更衣がありました。

・ー・ー・ー・ー・       瀬戸内寂聴訳「源氏物語」一 講談社 8p引用

 寂聴さんの訳の源氏物語を、もう一度読みたくなりました・・。