クリスマス前から降っている雪で、きょうの公園のベンチはこんな風になっていました。
石川淳さんが書かれた「紫苑物語」を読みました。この本のことを知ったのは、須賀敦子さんの「トリエステの坂道」の中の「セレネッラの咲くころ」を読んだときで、それ以来、ずっと読みたいと思っていた本でした。
須賀さんがイタリアのミラノに住んでいらしたころ、夫の実家を訪ねたときに、義理のお母さまが紫苑の花をいっぱいかかえてテーブルにどさりと置かれたのを見てびっくりなさったことがあったそうです。というのはそのころ須賀さんは、石川淳さんの「紫苑物語」を、イタリア語に翻訳なさっていて、紫苑をどう訳すのか悩んでいらしたからとのことでした。。
須賀さんは「紫苑物語」を、「超現実の手法のさえ」や「隠喩の深さ」などの言葉で要約なさっているのですが、読んでみるとなるほどと納得できました。
「国の守(かみ)は狩を好んだ。」ではじまる、石川淳さんのここちよい簡潔な文体の見事さを感じたのは、ユルスナールの書いた「ハドリアヌス帝の回想」の多田智満子さんの静謐な翻訳の文体を読んで以来のことかもしれません。
このような超現実の虚構の物語を読むのは初めてでしたが、先日観た映画「雨月物語」なども思い出し、石川淳さんの遊び心のようなものも感じられた読書でした・・・。
紫苑は、調べてみると古く薬草として中国からはいってきた花で、平安時代の「本草和名」(ほんぞうわみょう)にも出ているということですが、わたしにとっては、子供のころ母の実家の花壇のすみにいつも咲いていた背の高い薄紫色のなじみのある懐かしい花なのです。
須賀さんによればこの「紫苑物語」は、須賀さんのイタリア語の翻訳以前に、ドナルド・キーンさんが英語に翻訳なさっていて、そのときには紫苑は、「アスター」と訳されていたとか。そういえば、キーンさんの自伝にも、石川淳さんとの交流のいきさつや最初に石川淳さんの作品を翻訳したのは自分だと書かれていたのを思い出しました。
「紫苑物語」の中で主人公は、人を殺めて埋めた後に、この紫苑の花を植えたということでした・・・・。