2023年5月31日水曜日

植物・ハーブのヘンルーダの香りとは・・

 

 先日、友人からハーブのヘンルーダが、レターパックで送られてきました。須賀敦子さんの本で読んだハーブです。この植物のことは、「トリエステの坂道」という須賀敦子さんの本の中の「セネレッラの咲くころ」に出ています。


 須賀さんは、ヘンルーダの香りのことを、「つよい臭気を放っていて、ちょっと手が触れただけで、吐き気をもよおすような臭み」と、表現なさっていたのですが、どのような匂いなのか嗅いでみてと、友人が庭に咲いているものを、送ってくださったのでした。

 興味深々でビニール袋を開けてみると、ドクダミをもっと強烈に青臭くしたような強い香りがしてきました。わたしにはそれほど嫌というような香りではなかったのですが、須賀さんは苦手だったようです。

 ヘンルーダは、グラッパに入れるとよいとのことで、須賀さんのお姑さんは、グラッパにこのヘンルーダを一枝いれておいたものを、冬になって須賀さんご夫婦が訪ねたときに、戸棚から出してくださったそうです。

 グラッパが大好きだった夫のペッピーノさんは、ヘンルーダが入った瓶を透かして見て喜ぶのを、須賀さんはあの臭いヘンルーダなのだと、ご自分と彼の間にいやな匂いの草が割り込んできたような思いにとらわれたと書かれています。

 そして、お姑さんに素直な気持ちになれなかったときなど、彼女からヘンルーダの匂いを嗅いだような気がすることがあったとか・・。香りではなく、匂いと書かれています。

 イタリアという異国で暮らしていた須賀さんの、ヘンルーダの香りの思い出は、その時の感情の機微にまでふれていらっしゃるのでした。

 わたしの持っている英語の本「The Illuminated LANGUAGE OF FLOWERS」によれば、ヘンルーダは「Rue」で、花言葉は「Disdain」と出ていますので、後悔や悲嘆・ひどく悔やむ・悔恨などの意味になるのかなと思います。

 ヘンルーダは、独特の香りと共に忘れがたい名前になりました。いただいてからもう数日たつのですが、まだ香りは、健在です。 


2023年5月21日日曜日

読書・「式子内親王」馬場あき子著 講談社文庫

 

 今年も青もみじの季節になってきました。青もみじという言葉を知ったのは、2015年の5月に京都の北野天満宮の境内に残されている御土居(おどい)の青もみじを見てからです。

 この写真は、昨日の散歩のときの青もみじですが、ちょうど雨あがりで緑のグラデーションがすてきでした。



 馬場あき子さんの書かれた「式子内親王」は、いつも手元において読んでいる本です。

 後白河院の第三皇女、式子内親王が斎院として加茂祭り(葵祭)を主催したのは、応保1年(1161年)4月16日で8,9歳ではなかったかと、馬場さんは書かれています。

 ご存じのように葵祭はいまでも引き継がれていて、2015年5月15日に開催されたのを見に行ったことがあります。輿に乗った艶やかな斎宮姿の女性を見たときに、式子内親王を偲んだのを懐かしく思い出します。(このときのことは、このブログにも載せてあります。)

 式子内親王は、わたしの好きな歌人で、好きな歌はたくさんあるのですが、その中でも、斎院であったころを思い出して詠んだこの歌は特に好きです。

    「時鳥そのかみやまの旅枕ほの語らひし空ぞ忘れぬ」

 この歌のことを馬場さんはこう書かれています。

・-・-・-・-・-・引用157p

それにしても、「ほととぎすよ、その神山の旅の一夜に、お前がほのかに鳴いて過ぎた、その空の明けゆく色を、どうして忘れ得ようか」という、それだけの内容の一首に、なぜ、私はこうまで執さざるを得ないのか。一句、そして三句と、幾つにも断絶しつつ続いてゆく抒情の揺れの中に、ほのぼのと露じめりの初夏の夜明けは訪れ、短い夢はあっというまに覚めてしまって、洗われた心の色のような空色の空間が、無限の時を秘めて式子の視野にひろがってゆく。・・・・」

・-・-・-・-・-・

 わたしは、この馬場さんの歌の解説に、歌人としての感受性のすばらしさを感じます。

 「洗われた心の色のような空色の空間」という表現には、もう何もいえなくなるほどです。



 式子内親王にとって、この思い出深かった斎院を退下したあとは、祭りの果てであり、彼女のその後の長い人生は余生であったのではという馬場さんのご見解には、わたしも深く同感します。

 馬場さんは、歌人としても活躍なさっていますが、優れた芸術家はまた、優れた評論家でもあるというのは、真理のようです。わたしのような式子内親王のファンに、このような座右の書を書いてくださった馬場さんに感謝します・・。

  偶然ですが、今朝ホトトギスの初鳴きを聞きました。式子内親王が神山で聞いたのと同じあのホトトギスです。

 「時鳥そのかみやまの旅枕ほの語らひし空ぞ忘れぬ」

              式子内親王  





 

2023年5月13日土曜日

読書・「石川淳随筆集 澁澤龍彦編」石川淳著・平凡社ライブラリー

 


 今年も大好きなミヤコワスレが、我が家の庭で咲き始めました。ひっそりと庭に咲くこの花を見ていると、ミヤコワスレという名前がなぜかしっくりとよく似合っているように思えてきます。



 澁澤龍彦編というタイトルに惹かれ、石川淳さんの随筆集を読んでみました。その中の「恋愛について」というところに好きな歌人の式子内親王の歌が出ていたのですが、こんな歌です。

 「生きてよも明日まで人はつらからじこの夕暮れをとはばとへかし」

 石川淳さんはこの歌を恋歌の絶唱であると、絶賛なさっていますので式子内親王のファンであるわたしもうれしくなってしまいました。

 彼はこの歌を、このように表現なさっています。

「夕暮れの落葉か落花か、ひそかに踏んでちかづくべき足音を、はかなくも耳がここにじっと待っている。この耳はすなわち子宮の聴覚である。絶望的に待つということが、いのちなのだろう。恋愛は根底に於て感覚から発するということの、具体的意味がここに現前する。」・・・引用41p

 


 石川さんは、恋愛を語るのに式子内親王の歌や、カミュの「ノス」の散文からというように、自在に日本の古典やフランス文学などから引用されているのですが、それもとびきりすてきな文学からの引用なのです。

 式子内親王の歌はもちろんですが、カミュの「ノス」からの引用も彼が翻訳なさったのでしょうか、すばらしい散文でした。

 澁澤龍彦さんは解説で、この集は、石川淳さんの精神のダンディズムにスポットライトを当てたものであり、そのダンディズムとは、精神の価値であると、書かれています。

 この解説を読んで、澁澤さんはかなり、石川さんのダンディズムに惚れていらっしゃると確信したのですが、お二人ともに、人生のダンディズム、つまりは精神のおしゃれを目指していらっしゃった方々なのだと納得した読書でした・・。









2023年4月17日月曜日

読書・「イタリア紀行(上)」ゲーテ 鈴木芳子訳 光文社古典新訳文庫

 

   毎日、お天気の良い日には、ウグイスの鳴き声が聞こえるようになりました。いつもウグイスが鳴き始めるころになると、散歩道に咲く花があります。小さなピンクのミヤマウグイスカグラです。

  夏に真っ赤な実をつけるのも愛らしく、かわいい花です。


         

  

 ゲーテのイタリア紀行を、読みました。

 ゲーテ、そしてイタリアといえば、わたしはすぐにゲーテのこの詩「ミニオン(君や知る)」を思い出してしまいます。手持ちの高橋健二さんの訳の「ゲーテ詩集」からの引用です。

・-・-・-・-・-・

  「ミニオン(君や知る)」          ゲーテ

君や知る、レモン花咲く国、

暗き葉かげに黄金(こがね)のオレンジの輝き、

・-・-・-・-・-・   引用・ゲーテ詩集・高橋健二訳・新潮文庫

 

 最初の2行ですが、「レモン花咲く国、黄金のオレンジの輝き」というフレーズには、いつもゲーテの南国への強いあこがれを感じてしまいます。 

 ゲーテは1786年9月、 37歳のころ、この詩のように長年のあこがれだったレモンが花咲き、オレンジが実るイタリアへと旅立ったようです。

 ブレンナー峠を越え、ヴェローナ、ヴェネチィア、ローマ、ナポリ、そしてシチリアへ船で渡り、ナポリに戻るのですが、ここまでが、上巻です。

 ゲーテはナポリのところで、土地の人たちがいっている言葉として、「ナポリを見て死ね!」という言葉を紹介していますが、ゲーテもナポリの海辺や湾、ヴェスヴィオ山、街並みなどすべての光景に感動したようです。

 そして、ポジリポの洞窟に行ったときには、沈んでいく太陽がべつの側から差し込んでくるのを見て、父がかって旅したナポリのことを想っていたために、人生で不幸のどん底におちいることがなかったのだというのを思い出すのですが、ゲーテの父への愛も感じられ、好きなところです。

 ゲーテは博識でしたが、植物にも興味があったということには、親近感を覚えます。旅にリンネの植物の本を持って行ったというのも納得です。

 美しく晴れた4月の午後、ナポリからの辛い船旅を終えパレルモに着いたときゲーテを迎えてくれたのは、山と海と空をとけあわせるようなすばらしいもやの風景と、植物たちだったというところも印象的でした。

 その植物とは、新緑の桑の木、セイヨウキョウチクトウ、レモンの生垣などの木々と、公園の広い花壇には、ラナンキュラスやアネモネなどの花たちだったとのこと・・。

 タオルミーナでは澄み切った空の下、バルコニーからバラが咲いているのを眺めながらナイチンゲールを聞いたことは忘れられない思い出になったとも書いていますが、シーンが想像できました。

 彼はシチリアでの旅の間、このような南国での風物に癒されながら、新しい作品の構想を練ることができたようです。

 また、ゲーテはナポリの海岸や、パレルモの公園を散歩しているときに見た植物たちから、植物学上の原植物という考えにも思いをはせているのにも興味を持ちました。

 レモンの花が咲き、オレンジが実るこのイタリアへの旅は、ゲーテにとって、あたらしい創作への意欲を搔き立ててくれた女神になったようですが、それにしてもゲーテの文学的思考と学問的思考の幅広い教養のようなものには脱帽してしまう読書でした・・。





   

 

2023年3月25日土曜日

自然・早春の散歩道のフキノトウ・・・

 

 3月21日春分の日の散歩道です。遠くの那須連山の上のほうに、ふわふわのマシュマロのような白い雲が浮かんでいました。今年は冬が特に厳しくて寒かったのですが、ようやく春の気配が感じられるようになりました。



 
 春分の日といっても高原の木々はこのようにまだまだ裸木ですが、春をさがしてみると、散歩道にそっていつもの場所にフキノトウが今年もいっぱい出ていました。

 早春の林で枯葉のなかにフキノトウを見つけるのは なつかしい友に出会ったようでとてもうれしくなります。今年も出てくれたフキノトウに感謝・・です。

          蕗のとうことしもここに蕗のとう
                       山頭火


  
 

 フキノトウはフキの花芽のことで、地下茎の節から苞(ほう)に包まれた蕾がでるのですが、わたしはこの蕾のころと、少し開きかけたころが、好きです。雄株と雌株があり、雄花が黄色、雌花が白とのこと・・。

 うすいきみどりのやわらかな花びらのような苞が開くと、中はカリフラワーのようになっていて、それぞれにほんとうに小さなかわいらしい花を咲かせています。この花は白なので女の子・・などと思うのも楽しいし、あの香りやほろ苦い味も大好きです。




 フキノトウが出ていると必ず近くにも姿が見えるので、山頭火のこの句は、なるほどねといつも納得してしまいます。

        一つあると蕗のとう二つ三つ       山頭火



 
 フキノトウは、やさしい色も、香りも、そしてほろ苦い味も、大好きです!

  










 


2023年3月21日火曜日

読書・「プルースト 読書の喜び わたしの好きな名場面」保苅瑞穂著 筑摩書房 (再読)

 


 3月のはじめ頃、那珂川河畔公園に咲いていたマンサクの花です。黄色いリボンのようなひらひらの花びらを見ると、いつも春がようやくめぐってきたと感じます。そして、この花が咲いているのを見ると、なぜか「しあわせの黄色いリボン」という言葉を思い出してしまうようになりました・・。



  保苅瑞穂さんが書かれた「プルースト 読書の喜び」を久しぶりに再読してみました。このブログでは2020年8月9日に感想をアップしていますので2度目です。

 保苅さんは、大学を定年退職なさった後、2008年から留学時代からの夢だったパリに住んでいらしたのですが、2021年7月10日にパリで84歳で亡くなられたと知りました。この本にもパリでプルーストゆかりの散歩道などを散策なさったことなどが書いてありましたし、念願のパリ暮らしは、お幸せな晩年だったのではと、想像しております。それにしても7月10日というのは、プルーストの誕生日ですので、同じ日に亡くなられたというのは 何か 保苅さんとプルーストとの不思議な縁のようなものを感じました・・・。

 保苅瑞穂さんの本は、ちくま文庫の「プルースト評論選」の「Ⅰ文学篇」と「Ⅱ芸術篇」の2冊で編をなさっているのを読んだのがはじめてでしたが、今回手持ちのユリイカの「総特集=プルースト」を開いてみると「プルーストとマラルメ」という文を、寄稿なさってるのを見つけました。

 


 保苅さんは、ユリイカの「プルーストとマラルメ」の中で、プルーストは、マラルメの詩との出会いで、詩的言語の自立性を明確に自覚したと書かれているのですが、この本「プルースト 読書の喜び」の中でもマラルメについてふれていらっしゃいます。

 マラルメの詩「白鳥のソネ」の最初のところですが、わたしの好きな詩ですので引用させていただきます。

・-・-・-・-・-・

清らかな、生気にあふれる、美しい今日が、

あのかたく凍った、忘れられた湖を

酔った翼の一撃で、今まさに打ち砕こうとする

・-・-・-・-・-・      引用27p

 いつ読んでもすてきなフレーズですが、この詩の中の「氷を打ち砕く」という表現を思わせる言葉について、保苅さんはこのように思考なさっています。

 プルーストは若書きの「ジャン・サントゥイユ」の序文では「社交生活の氷から私を開放すると・・」と書いていたのが、保苅さんが留学時代パリの国立図書館で調べられた肉筆原稿では、「社交生活の氷から私を開放すると・・・」ではなく、最初には「社交生活の氷を打ち砕く」と書かれていたのを思い出されたのこと・・。

 そして、このことから、プルーストの若書きの小説が未完だったのは、プルーストがまだ文体が十分に描ききれていないと考えたからなのではと、考察なさっています。

 さらにこの「氷を打ち砕く」という言葉は、「見出された時」の最後の草稿にまで、書かれているのを発見なさっているのです。

・-・-・-・-・-・

「重要なことはついに現実を認識すること、習慣の氷を打ち砕くこと、[・・・・・]氷の解けた海を再発見して、そこに到達することなのだ。」

・-・-・-・-・-・ 引用28p





 マラルメの詩の言葉から、パズルのように思考をめぐらせていかれる保苅さんは、やはりプルーストの研究者であった強みを、自由なエッセイにして存分に楽しまれているのだとよくわかりました。

 今回、再読して印象に残ったのはマラルメの詩の言葉についてでしたが、どの章を読んでも長年のプルーストファンとしては豊饒なワインをゆっくりと味わうように、読書を楽しめる名著だと実感したのでした。


※ あとがきで保苅さんは、この本を編集者の岩永哲司さんという方に捧げていらっしゃるのですが、この本が出来たのはこういう方の支えがあったのだとも知りました。保苅さんは岩永さんのためにだけ書いたとも云われていますが、一人の人のためにということは、大事なことかもしれないと思いました。




2023年2月23日木曜日

2023年の雛飾り・・・

 

   もうすぐ3月です。まだまだ寒い日もあるのですが、散歩道の斜面に残っている雪の中に、フキノトウが顔を覗かせているのを見つけました。この季節のフキノトウは、春を告げているようで愛しくなります。   

  

 

 先日近くのホテルでつるし雛が飾られているのを見て、我が家でも早速飾ってみました。

 いつものように日本人形とわたしの手作りのつるし雛、うさぎの内裏雛などですが、重箱の中には、ほおづきのお手玉や、大きな2枚の貝の上に乗っている椿の花などが入っています。


 





 年を重ねると、雛飾りをするというこんなささやかなことがとてもうれしく思われるのですが、世界ではウクライナが戦争に巻き込まれ、先日はトルコやシリアの地震で大勢の人が亡くなられています。もちろん子供たちも・・・。

  世界中の子供たちが、安心して幸せに暮らしていける世の中になりますようにと願いながら雛飾りをしました・・。


 


2023年2月20日月曜日

読書・「ゲーテさん こんばんは」池内紀著・集英社文庫

 


  冬晴れのまぶしい青空をバックに、裸木が黒いシルエットを作っているこんな光景は、いつ見ても、こころが洗われるようで大好きです。



 先日、友人から池内紀さんが書かれた「カント先生の散歩」という本をいただいて読んだのですが、「ゲーテさんこんばんは」という本もあることを知り、読んでみました。

 カントの哲学書はまったく読んだことがないのですが、ゲーテは詩集や格言集、小説などを読んでいて、馴染みがあったからです。 

 ゲーテは16歳でライプツィヒ大学に入学していますが、ギリシャ語、ラテン語、フランス語、イタリア語、英語はもとより、地理、歴史、博物学にくわしく、ピアノも弾け、絵、ダンス、乗馬、そして見事な筆跡と、何でもオールマイティによくできたとのこと。それらは、幼いころからの父親の教育のたまものであったということですから、恵まれた環境で育ったようです。

 


  ゲーテが25歳のときに書いた「若きウェルテルの悩み」は、いまでも古典として残っていますが、当時のベストセラーだったとか。先日偶然に、この映画を観たばかりでしたので、タイムリーでした。

 池内さんはこの手紙だけで書かれている物語は、いまのパソコン小説といったもので、不幸な恋というものは愛し合うふたりにとっては楽しく思い出せるという点で幸せであると考察なさっているのですが、わたしも同感でした。ゲーテ自身のようなウェルテルは、ロッテとの不幸な恋の結果、物語の中では自殺するのですが、ゲーテは83歳まで生きていました。

 ゲーテは、詩や小説などから「文豪」というイメージが強いのですが、文学だけではなく「色彩の研究」とか地質学、鉱山学、植物、骨の研究など、また文芸一般、ギリシャやローマの古典に造詣が深く、スケッチなども残していてマルチな才能を持っていたようです。

 そのかたわら、ワイマール公国の行政官や宰相もして活躍し、若いころは恋愛もいろいろとあり、40過ぎてからようやく結婚し、妻の死後は、70代で10代の女性に求婚して断られたというエピソードの持ち主でもあったとのこと。

 


 池内さんは、ゲーテはこのような4行詩を人生のモットーにしていたと文庫本あとがきで紹介なさっているので、引用してみます。

・-・-・-・-・-・                

       いかなるときも

       口論は禁物

       バカと争うと

       バカをみる 


       花が咲いたら

       頭にかざせ

       木の実は食べろ

       草木は欺さない


       「バラは詩にして リンゴはかじれ!」

・-・-・-・-・-・                  引用270pより

 一見、平易でユーモアさえ感じられるのですが、ゲーテらしい含蓄のある言葉だと思いました。

 池内さんは、「ファウスト」の翻訳を3年かけてなさったそうですが、ゲーテを知るためについにこのような伝記まで書かれてしまったとのこと・・。池内さんのお人柄も感じられ、ゲーテに少し親しみを感じることができた読書でした。

 



   

  ※池内さんは「すごいトシヨリBOOK」という本の最後に、「僕は、風のようにいなくなるといいな。」と書かれていますが、2019年に風のように去っていかれたようです・・。


2023年2月4日土曜日

読書・「エーゲ 永遠回帰の海」立花隆 「写真」須田慎太郎 ちくま文庫

 

  きょうは立春です。今年は1月20日の大寒の後に来た寒波の影響で寒い日が続いていたのですが、我が家の庭はずっと雪に埋もれたままで、まだこんな感じになっています。

 


 たしか、昨年末だったと思います。立花隆さんのNHKスペシャルの番組「見えた 何が 永遠が」~立花隆最後の旅完全版~を見て彼に興味を持ち、ちくま文庫版の「エーゲ 永遠回帰の海」を読みました。

 この本は立花隆さんが、ご自分で書かれた本の中でいちばん気に入っていらした本とのことですが、わたしは、この本から彼の詩情や哲学が感じられ、彼はロマンチストだったのかもと思ったのでした・・。

 立花さんがそもそも遺跡と衝撃的な出会いをなさったのは、30歳の時イタリアのシチリア島のセリヌンテにおいてとのこと。歴史書に書かれていない圧倒的な存在として残存している神殿の遺跡に出会われたとき、知識としての歴史は、フェイクであると思われたとのことです。




 そして、そこに遺跡として残っている神殿は、4世紀にコンスタンティヌス大帝がキリスト教に改宗したあと、異教の神殿として破壊された跡で、千年単位の時間が見えてくるとも・・。

 立花さんは、このように圧倒的な時の経過を感じる遺跡をご覧になられ、ニーチェの哲学のあの永遠回帰の思想にまで思索をめぐらされています。

 「万物は永遠に回帰し、われわれ自身もそれとともに回帰する。」・・・・・・

 このニーチェの思想が、人気のない海岸にある遺跡で、黙って海を見つめていると、納得できるような「気がすることがある」と、書かれているのですが、わたしにも何となくわかるような気がしました。



 海はさらに、彼にこんなポエチックな言葉をいわせるのです。

                「見えた 何が 永遠が」

 これは、たしかにランボーの詩の言葉ですが、立花さんはその境地にまで思いをめぐらされているところにも共感できました。

   遺跡・海・哲学と詩、どれからも、彼のロマンが感じられたのは、わたしだけだったのでしょうか・・・。




 わたしも、30代のころにギリシャのコリントの遺跡で忘れられない経験をしたことがあるのを思い出します。 

 それは、コリントの遺跡の廃墟のあとの地面に、這うようにして咲いていた小さな黄色の花を見つけたときのこと。

 こんなに小さくてかれんな黄色の花が、ず~っと遠い昔からこの場所で、自分の種を守って、咲き続けているのだと思うと、愛しくて胸がきゅんとしてしまったのでした。

 その花の名前を調べてみようと、ホテルにもどってから植物の本を買ったのですが、名前を特定することはできませんでした。でもその本は、あの時の大事な思い出の本として大切にいまでも本箱にあります。

  わたしにとって、あのコリントで見た小さな黄色の花は、永遠を感じさせてくれた花でした。

 立花さんのこの本は、忘れてしまっていたコリントでのささやかな思い出をよみがえらせてくれた読書でもありました・・。











  

2023年1月10日火曜日

読書・プルーストの植物・忍冬(すいかずら)で覆われた魅力的な窓・・

 

 散歩のときに見たスイカズラの黒い実です。スイカズラは夏にすてきな香りのある花を咲かせるのですが、花は2つづつ並んで咲き白から黄色に変わるのでキンギンカとも呼ばれています。

 英語ではハニーサックル。黒い実も、野鳥のつぶらな瞳を思わせてすてきです。




 この写真を写した日に、偶然に読んでいた高遠弘美訳のプルーストの「失われた時を求めての4」の500pにこの忍冬が出てきたのを見つけうれしくなりました。

 主人公が後に好きになる少女を、画家のアトリエの中の窓から見かけるという大事なシーンに出てきます。少女は黒い髪でポロ帽を目深にかぶり、画家にほほえみを浮かべながら田舎の並木のある小径をこちらに歩いてくるのです。

 画家はその少女を知っているらしく主人公に名前もアルベルチーヌ・シモネと教えてくれるのですが、紹介してもらおうと期待しているまもなく、彼女は遠ざかって行ってしまうのでした。

 その少女、アルベルチーヌを見つけることができた記念すべき画家の小さな窓は、スイカズラに覆われ魅力的に思われていたのですが、彼女が去ってしまうとすっかり虚ろになってしまうのでした。というところです。



 失われた時を求めてを読むのは、この高遠弘美さんの訳が4度目ですが、今回初めてこの窓辺を覆う「忍冬(すいかずら)」の花が出てきたことに気づきました。

 英国に住んでいたころ、趣味だったカントリーウォークで田舎にでかけたときに、このスイカズラ(ハニーサックル)が田舎の家の窓のまわりや、生垣として植えてあるのをよく見かけたことがあるので、フランスでも好まれたのだと思います。花もかわいいですし、何よりも香りがすばらしいからです。

 


 忍冬に覆われた窓から、主人公が後に好きになる少女のアルベルチーヌを見かけたという設定は、花の好きなプルーストらしい特別な演出のようにも思えました。

 ちなみに、高遠弘美さんはこの花のことを「忍冬(すいかずら)」と漢字にひらがなの読み方を入れて訳されているのですが、井上究一郎さんはひらがなで「すいかずら」。鈴木道彦さんは、カタカナで「スイカズラ」。吉川一義さんも同じカタカナで「スイカズラ」と、訳されていますのでその部分を引用してみます。

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井上究一郎訳 「失われた時を求めて」3第二篇花咲く乙女たちのかげにⅡ ちくま文庫

 266p

「私はさっきの少女が小窓の框のなかにあらわれる以前のような落ちつきを失って、それまで、すいかずらをまとってあんなに美しかった小窓も、いまはなんの風情もなかった。」

・-・-・-・-・-・

鈴木道彦訳 「失われた時を求めて」4第二篇花咲く乙女たちのかげにⅡ 集英社文庫ヘリ           テージシリーズ

 327p~328p

「私はもうあの少女が小さな窓の額縁のなかにあらわれる以前のような、心の平静を保てなかったし、それまでスイカズラに囲まれてあんなに可愛らしく見えたその小窓も、今ではすっかり空っぽなものになっていた。」

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吉川一義訳 「失われた時を求めて」4花咲く乙女たちのかげにⅡ 岩波文庫

443p

「もはや私には、小さな窓枠のなかにあの娘があらわれる以前の冷静さはなかった。それまでスイカズラに覆われてあれほど魅力をたたえていた窓も、いまや完全に空疎なものになった。」

・-・-・-・-・-・

高遠弘美訳 「失われた時を求めて」4「花咲く乙女たちのかげにⅡ」光文社古典新訳文庫

500p

「小さな窓のなかにあの少女が現れる前のような平静さはすでに私から消え、さっきまでは忍冬₍すいかずら)に覆われてあれだけ魅力的だと思われた窓もいまやすっかり虚(うつ)ろになっていた。」

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 スイカズラに覆われた魅力的な窓から見えたアルベルチーヌの姿は、窓枠を作ることで、絵はがきや、写真のようにわたしたちに映像として、イメージを残してくれ、さらにその風景の切り取りも見る人の精神状態でこのようにかわってしまうのだということを言っているプルーストの手腕には、いつもですが脱帽でした。