2026年3月15日日曜日

読書・「二十世紀の十大小説」篠田一士著・新潮文庫 (すべての小説の中での一冊は、プルースト・・)

 

 3月に入り、2度も雪が積もりました。そんな中で、「フキノトウ」は、元気に春を告げています。このブログで雪の中のフキノトウの蕾の写真をアップしたのは、2月8日でしたが、それから、もう一か月近く過ぎ、きょうの散歩道の「フキノトウ」は、すっかり蕾が開き、花が咲き始めていました・・。



 「すべての小説の中での一冊はプルースト」とおっしゃる評論家の篠田一士(はじめ)さんの著書、「二十世紀の十大小説」を読みました。

 手持ちの本の再読ですが、調べてみましたら、1980年代に「新潮」に連載されていたものを、1988年に新潮社から単行本化され、さらに2000年に文庫化されたものが、この本とのこと・・。

 ということは、わたしが20年以上も前に読んだ本で、内容はほとんど忘れていたのですが、「すべての小説の中での一冊はプルースト」と書かれていたのだけは、覚えていました。多分彼のプルースト論の部分を読みたくて、本屋さんで購入したのだと思います。

 当時、篠田さんはプルーストを読むのに、井上究一郎さんの訳を未訳の二篇まで残して読み、残りは鈴木道彦訳で中央公論社版「世界の文学」から、そして「逃げ去る女」は、保刈瑞穂訳で講談社版「世界文学全集」からだったということでした。

 1980年代のプルーストを読む環境は、現在の3人もの個人全訳で読むことができるという恵まれた環境とは、だいぶ違っていたようです。

 篠田さんは、井上究一郎さんの訳を、絶賛なさっているのですが、わたしも井上さんの訳で初めてプルーストを読んだ当時をなつかしく思い出しました。



 篠田さんの本文の中で、当時わたしが気に入っていた部分にマークがしてあったのですが、こんな文でした。

・-・-・-・

ママへのあこがれの思いは、ちょうどヴァーグナーの「指輪」(リング)の変ホの和音の響きが、いくつものライトモチーフをつくりだし、ついには、あの巨大な楽劇全体を構築してゆくのと同じように、この「失われた時を求めて」の、かずかずの愛と幻滅のドラマを導きだし、それらを一体化しながら、二十世紀現代の、まさしく、われわれの「神曲」ともいうべき、この言語の大伽藍の、最初の礎石定置に当るもので、その批評的意味合いは、きわめて重、かつ大である。

・-・-・-・      引用75~76p

 篠田さんの気合のこもったプルーストの「失われた時を求めて」論ですが、「二十世紀現代のわれわれの言語の大伽藍のライトモチーフ」が、「ママへのあこがれの思い」というのは、とても頷けました。(井上究一郎さんは、「失われた時を求めて」の中で、フランス語のママンを、ママと訳していらしたので、篠田さんもそのまま、ママになさっていたようです。)



 また、プルーストを楽しんで読むだけの(わたしのような読者)にとっては、プルーストのユーモア感覚は十分味わっているので知っていることでもあると思うが、彼(篠田さん)のような評論家にとっては、批評の論題としては、説明するのがかなり至難の業なのであると、吐露なさっています。

 そして、やはりこれは、訳文ではなくフランス語の原文で読むのがよく、日本語では伝えるのが難しいと、書かれていますが、わたしにもこの部分のさわりは、彼の趣旨がよくわかるような気がしました。母とフロラ叔母、セリーヌ叔母、祖父などの会話のところですが、篠田さんは、

「みな口調が少しずつ変化させられていて、それらがまた、いささか調子外れのプチット・サンフォニーを奏でているのが、何ともおかしいのである。」

と、書かれています。プチット・サンフォニーとは、おしゃれな言い方ですが、「小さな交響曲」とでもいうような意味でしょうか・・。

 そういえば、たしか吉田秀和さんも、このようなユーモアにあふれたフランス語の会話を、楽しまれていたというのを、彼のエッセイで読んだことがあったのを思い出しました・・。

 篠田さんは、文学はもちろん、詩歌や音楽など多方面の卓越な評論もなさっていたということですが、多面的な教養をお持ちの方だったことがよくわかる本でした・・。

 



2026年3月9日月曜日

読書・「楽しみと日々」プルースト 窪田般彌訳 福武文庫 プルースト23歳のときの最初の作品・・

 

 枯れ葉を掃除していましたら、下からツルリンドウの赤い実を、見つけました。ツルリンドウは秋にうすむらさきのかわいい花を咲かせるのですが、晩秋には赤い果実をつけます。

  赤い実は、とても目立つので、ほとんどは野鳥に食べられてしま ったり、しおれてしまったりたりするので、この季節まで残っているのは、かなりめずらしく、何か宝物を見つけたような気分でした!

 厳しい冬の間、枯れ葉の下でひっそりと冬を過ごしていた愛しい赤い実です・・。




 プルーストの記念すべき第一作、「楽しみと日々」を、久しぶりに読んでみました。この本は、もうだいぶ昔から本箱にあり、セピア色に変色しています。

 プルースト23歳のときの若書きの最初の著作ですが、今回はあたらしい発見がありました。

 プルーストは記念すべきこの本を、ウィリー・ヒースという友人にささげているので興味を持ち、ウィリー・ヒースとはどんな人だったのか、調べてみました。

 すると、ウイリー・ヒースの母親の旧姓が、何と「スワン」ということが、最近の研究(2021年)でわかったということを知ったのです!

 スワンといえば、「失われた時を求めて」に出てくるあのスワンですので、ウィリー・ヒースは、「スワンのモデルのひとり」なのかもしれないと考えると、わくわくしてきます。

 また、この本にはヒースは、英国人と書いてあるのですが、実は、ニューヨーク生まれで、プルーストと出会ってからわずか数か月後の1893年の10月3日に腸チフスで、パリで亡くなっており、お墓はブルックリンにあるとのこと・・。

  


 若き日のプルーストは、ウィリー・ヒースのことをこんな風に書いています。

 朝、ブローニュの森の木陰の下でプルーストを待っていたウィリー・ヒースの姿は、まるでファン・ダイクが描いた貴族たちの一人のようで、精神の優雅さがあったと・・。

 このような文を読むと、もしかしたらプルーストは、ウィリー・ヒースに、友人以上のものも感じていたのかもしれないと想像してしまうのは、わたしだけでしょうか。

 この本は、アナトール・フランスの序文をはじめ、初版本には、プルーストの恋人でもあり、その後、生涯の友人となった音楽家のレーナルド・アーンのピアノ曲の楽譜や、マドレーヌ・ルメールの花々の挿絵まで入っている豪華で高価な本だったということで、プルーストの初版本にかける意気込みのようなものが感じられます。

 わたしはこの本の中の「二十六 森の下草」という章の文が好きです。彼はノルマンディの奥地に生える山ぶなの木のすてきな描写を描いているのですが、最後はこんな文で終わっているのです。
・-・-・-・
微風が一瞬、きらめく、黒ずんだ不動の姿を乱しにくる。すると、樹木たちはその梢の先に光をゆらし、その根もとに影を動かしながら、弱弱しくかすかなふるえをみせつける。
・-・-・-・
                       引用255p

 「失われた時を求めて」の自然描写を思わせるような詩的で、すてきな文だと思います!

 ジットは、この本のことを、「大輪の花々の新鮮な蕾」と言ったそうですが、もちろん大輪の花々とは、「失われた時を求めて」のこと・・。

 本箱のすみに、ずっとあったこの本ですが、久しぶりにプルーストの青春の息吹を感じることができた読書でした!





 
 

2026年2月25日水曜日

読書・「英国に就いて」吉田健一著 ちくま文庫 

 

 2月も半ばを過ぎ、庭のバードバスは、ようやく氷がとけて野鳥たちも水がらくに飲めるようになりました。エサ台にはひまわりの種を入れてあるのですが、数日前から冬鳥の「アトリ」がひまわりの種を食べにやってきました。

 このあたりでは、いつも2月に見かけるのですが、胸がオレンジ色のアトリが庭に来るようになると、うれしくなります。アトリはシベリアやカムチャッカ半島、スカンンジナビアで繁殖し、日本へは10月頃に群れを作ってはるばると、日本海を渡って飛来してくるとのこと。3月頃に北の国へ帰ってしまうのですが、長い旅を思うと愛おしく思えてくる野鳥です・・。




 吉田健一さんの書かれた「英国に就いて」は、繰り返し読んでいるわたしの好きな本です。  わたしも、英国には2度にわたり10年ぐらい住んだことのある懐かしい場所でもあるので、読み返すたびに新しい発見もあり、楽しんで読んでいる本になっています。

 解説で小野寺健さんが、この本についての名エッセイを書かれていて読み応えがあります。

 小野寺さんは、英文学者で翻訳家でしたが、吉田さんの本の「英国の文学」を名著と断定なさり、フォースターの勘所を、吉田さんは独特の文体でからめとり上手に書かれていることに感嘆なさっているのでした。

 わたしは今回、この本の「英国の四季」という章のところで、吉田さんは英国の春の詩を、一篇挙げるとすれば、エリオットの「荒地」だと書かれているところに注目したのですが、なるほどと納得でした。

 「四月は残酷な月だ」で始まるあの有名なT・S・エリオットの詩です。英国の冬は長くて暗く、4月はまだ冬で、ひとたび雨や雪が降れば、大地はぬかるんでまさに、どろだらけになるのです。この詩が書かれたヨーロッパの1920年代は、一種の時代の過渡期でもあり不安定だったということでは、「英国の春」に似ており、やはり英国の春の詩は、エリオットの「荒地」だとの結論でした。

 吉田さんはケンブリッジで、文学を学ばれたので、文学にからめての英国論は、説得力があるようにいつも思います。

 また、夏の期限があまりにも短いのを、シェイクスピアの詩を引用してその感想をこんな風に書かれています。

・-・-・-・

この詩を読む時、西に傾いた太陽の、いつかは終るとも見えない絢爛な光線が大気に金粉を舞わせている英国の夏の黄昏を思わざるを得ない。我々東洋人はこういう濃厚で、そしてそれでいて生のままの美しさを持った現実を、西洋の詩や音楽、或いは絵画を通してしか知らない。それは英国の冬がどの位陰惨かを知らないのと同じである。例えば、英国の秋は木が紅葉すると言っても、その色は赤と黄に限られているのではなくて、紫、茶、黄、赤などの色がまだ紅葉していない緑と混じって何れがより鮮明であるかを秋空の下に競うのであり、英国の夏の緑もそれに劣らず、何か現実とは思えない光沢を持っている。

・-・-・-・-・ 引用 107p~108p


「いつかは終わるとも見えない絢爛な光線が大気に金粉を舞わせている英国の夏の黄昏・・・」

うっとりするほどすてきな散文です・・。

 𠮷田さんは、詩人でもあったのだと再認識した読書でした。




2026年2月8日日曜日

読書・「書架記」吉田健一著 中公文庫  (プルウストの小説)について・・

 

 立春は、2月4日でした。今年の冬は長い間、寒気が居座り、寒い冬になっていますが、立春の日は、風もなく、気持ちの良い冬晴れの一日でした。

 公園や道路のわきには、まだ、雪が残っているのですが、フキノトウが出ているのを見つけました。さみどり色の春の使者です・・。


        



 吉田健一さんの書かれた「書架記」を、読みました。吉田健一さんの本は、「英国について」が特に好きなのですが、彼の英国に対する理解と見識には、読み返すたびにいつも脱帽してしまいます。

 この「書架記」は、彼に影響を与えた本について書かれているのですが、プルーストもそうだったようです。彼のプルーストについての章、「プルウストの小説」を面白く読みました。

 吉田健一さんは、プルーストの「失われた時を求めて」を戦前に16冊本だったのを手に入れられたとのことですが、これは、フランス語の本だったのでしょうか・・。この本は、戦争中に焼かれてしまったとのことです。

 この16冊は、この版で夢中になって読まれたとのこと。

 𠮷田さんは、プルーストの小説は、出てくる人物の意識の流れを書いているということや、時間や記憶の再構成、そして、自分を素材として書いているが、それを芸術にまで高めていることなどを、彼独特の文体で、ゆったりと書かれています。




 わたしが、おもしろいと思ったのは、吉田健一さんが、ジョイスの「ユリシーズ」と比べてみると、やはり繰り返して読みたくなるのは、プルーストの「失われた時を求めて」のほうだと言っていらっしゃることでした。わたしも、もちろんそうなので・・。

 吉田健一さんは最後に、N・R・Fから出ていた16冊本の普及版がいまあればと書いていらっしゃいますので、最初に夢中になって読まれたのは、やはり、フランス語の原書だったのだと思ったのでした。

 


2026年1月30日金曜日

読書・「ムッシュー・プルースト」セレスト・アルバレ 三輪秀彦訳 早川書房

 

 ドライフラワーになってしまったヤマユリの実に、こんもりと雪が積もっています。わたしにとっては、いつも見慣れている冬の風物詩ですが、もう少し気温が高くなれば、融けてしまいそうです。

 ヤマユリの実のドライフラワーは、空に向かって口を広げ、冬の寒さにもめげず、凛として立っている姿には、いつも元気をもらっています!




 「ムッシュー・プルースト」を、読みました。この本は、以前から読みたいと思っていたのですが、古本で見つけて購入したものです。

 1922年11月18日にプルーストが亡くなるまでの8年間、昼夜を逆にして献身的に尽くした家政婦兼秘書、そして、後には大事な話し相手にまでなったセレスト・アルバレ。

 そのセレスト・アルバレが、プルーストの没後50年に沈黙を破り、「ムッシュー・プルースト」のことを、聞き書きとして残してくれたのが、この本ですが、とてもおもしろく3日で読んでしまいました。

 彼女がプルーストに初めて会ったのは、1913年、プルーストの運転手だったオディロン・アルバレと結婚して田舎からパリに出てきたばかりの頃、プルーストの家の台所だったとのことです。

 その時のセレストのプルーストの印象は、

「偉大な殿様」

 だったとのことで、彼女にとっては、忘れられないほどの強烈な印象だったようです。

  (この本の翻訳者の三輪秀彦さんは、「偉大な殿様」と、訳されていますが、わたしの想像では、原文は「grand  monsieur」?かなと思ったのですが・・。)

 プルーストも、セレストの人間性を見抜いて気に入っていたのではと、思います。

 その後、第一次世界大戦がはじまって、セレストの夫のオディロンが戦争に行ったこともあり、家政婦として、住み込むことになったとのこと・・。

 セレストは、昼夜を逆にして、小説を書く病人プルーストの世話を献身的にするようになったのですが、それはプルーストのやさしい人柄と知性、そして彼が自身の命を削ってまで小説を書く芸術家としての真摯な姿に深く共感し、「尊敬」していたからなのだと納得したのでした。

 プルーストもそのようなセレストにいつも感謝しており、次第に二人での深夜の会話を楽しむまでになったことなどからも、この二人の間には深い絆があったのだということがよく理解できました。

 


 

  また、あたらしい発見として、プルーストは、社交界に出入りしていた若いころ、上着の襟元にはいつも「椿の花」を飾っていたそうですが、それは喘息の病があった彼が、匂いのない花を選んだからということ。

 それから「失われた時を求めて」に出てくる「パリの街の物売りの声」は、プルーストがオデュロンにパリの街の中にでかけて、声を聞いて採集してくるようにといって、その声を本の中に取り入れたということなどは、興味深く読みました。

 プルーストが、セレストとの会話を楽しむようになったときには、彼自身の初恋の話や家族の話もあったとのこと。そして、その話に対するセレストからの素朴で率直な反応は、プルーストの作品の中にもいかされていたようです。

 この本は、8年間もプルーストの身近で献身的に支えたセレストが、彼の魅力的な人間像をわたしたちに残してくれた稀有な本だと思いました・・。

 



2026年1月24日土曜日

読書・「マルセル・プルースト」エドマンド・ホワイト著 田中祐介訳 岩波書店

 

 1月20日は、大寒でした。今年の冬は例年になく寒波が続いていて、寒い冬になっています。きょうは久しぶりの冬ばれの朝で、青空が目にしみるようでした。

 庭のうさぎの置物もまだまだ雪の帽子をかぶったままです。公園に行ってみると、ウサギの足跡があちこちにあり、エサをさがしているようでした。


               庭のウサギの置物

 エドマンド・ホワイトの書いたプルーストの評伝「マルセル・プルースト」を、読みました。この本は、池袋のジュンク堂で購入した記憶があるのですが、岩波書店の「ペンギン評伝双書」で2002年に第一刷発行と、書いてありますので、20年前ぐらいから本箱にあったもので再読です。

 エドマンド・ホワイトは、アメリカで著名なゲイの作家と、紹介されていますが、いままでに読んだプルースト研究者の本とはとても違っていて、小説家の視点で非常におもしろく書かれていて数日で一気に読んでしまいました。

 エドマンド・ホワイトは、自身のゲイとしての苦悩なさった人生経験からだと思うのですが、ゲイとしてのプルーストを見る視線がとてもやさしく人間愛に満ちていて、しかも彼の小説家としての見識や彼自身の知性の深さも感じられる評伝になっていると思いました。


              公園のウサギの足跡


  わたしが特に注目したのは、エドマンド・ホワイトが、プルーストと、あのジェイムズ・ジョイスの書き方を比べてこんな風に書いているところでした。

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プルーストのどのページを開いても、精神の働きが転写されているーーーそれは、特異な語彙と個人の枠組に限定された偏見を備えた登場人物であるモリー・ブルームやスティーブン・ディーダラスのものである意識の乱雑な流れとは異なり、一つの精神、一つの声によってすみずみまで調整されて、つねに統制のとれている内省なのである。至高なる知性がそこにはある。

・-・-・

        引用 164~165p

 

 エドマンド・ホワイトの見識がうかがえる箇所だと思いますが、20世紀文学のプルーストと並んで、双璧といわれているジェイムズ・ジョイスをこのように比べて論じているのは、わたしのようなプルーストファンとしては、うれしくなってしまうような見解でした・・。

(ジェイムズ・ジョイスのユリシーズは、長年、積読本だったのですが、ようやく昨年読み終えたばかりでしたので、エドマンド・ホワイトの考えに共感したのでした。)

 プルーストの「失われた時を求めて」を、エドマンド・ホワイトが自身のゲイとしての立場から、プルーストのゲイとしての核心にふれているこの本は、とても読みやすく、プルーストの初心者にも読み返しているファンにとっても、おもしろい評伝になっていると思いました・・。




        凝った表紙の本で、上表紙が丸く切り取られていて、本体の

          プルーストの写真の顔が見えるようになっています。

          


2026年1月17日土曜日

読書・「プルースト評論選Ⅱ芸術篇」マルセル・プルースト著 保刈瑞穂・編 ちくま文庫

 

 雑木林を散歩していると、落ち葉の中に、あざやかな若草色の「ウスタビガのまゆ」を、見つけました。最近はめったに見つけることができないので、超ラッキー!!と、うれしくなってしまいました。

 それにしても、若草色は、春の贈り物のようで、イヤリングにしてもかわいいかもしれません。




 プルーストの評論選を前回の文学篇に続き、芸術篇を読みました。この本も、ずっと本箱にある本で、久しぶりの再読でした。

 本の帯には、「「卓越した美術批評家でもあったプルースト。渾身の雄篇「ジョン・ラスキン」「読書について」、絵画論などを収める。」」と、書いてあるように、読み応えのあるプルーストの評論本です。

 特に「読書について」は、プルーストが翻訳したラスキンの「胡麻と百合」の翻訳本の序文ということもあり、おもしろく読みました。プルーストは、ラスキンのというよりも、ほとんど自分の読書論を書いているのですが、出だしの文などは、まるで「失われた時を求めて」を、読んでいるのかなと思ってしまうほどで、こんなはじまりなのです。

・-・-・

 もしかしたら、私たちの少年時代の日々のなかで、生きずに過ごしてしまったと思い込んでいた日々、好きな本を読みながら過ごした日々ほど十全に生きた日はないのかもしれない。

                   ・-・-・引用「読書について」78p




 また、79pのパンジーについての描写も、まるで、「失われた時を求めて」の中の一文のようです。

・-・-・

 そしてパンジーは、あまりにも美しく色とりどりな空、時おり村の家々の屋根のあいだに見える教会のステンドグラスを映したかのような空、夕立のまえ、あるいはあと、あまりにも遅く、一日が終わろうとしている時になってあらわれる淋しい空から摘み取られたかのようだった。・・・

           ・-・-・ 引用「読書について」79p~80p


 視覚に訴えてくるすてきな文ですが、このようなプルーストらしい文を読むと、彼の細部にこだわる感性の表現は、このころからすでに確立されてきたのかと思えました。

 プルーストの文学の美学は、ラスキンを翻訳したことから影響を受け、それがプルースト自身の文学論の確立をへて、最後には「失われた時を求めて」に、いきついたのだと確信したのでした・・。

「読書について」の最後の文は、ヴェネツィアのピアツェッタに立つ二本の花崗岩の円柱、一本は灰色、一本は薔薇色についてですが、プルーストは

・-・-・

「夢のような印象を感じる」

         ・-・-・

と表現し、それについてのすてきな長い文を書き、最後に

・-・-・

「その過去はじっと動かずに日を浴びている。」

         ・-・-・

でこの「読書について」の序文は、終わっています・・。


 わたしは、ヴェネツィアにも行っているのですが、そのときにはまだ、この文を知らず、とても残念に思うのですが、ギリシャのアテネやコリントの遺跡で見た、円柱を思い出すと、このプルーストの文が、あまりにもぴったりとわたしの感性に訴えてきて、胸がきゅんとしてきてしまうのでした・・・。