2024年6月14日金曜日

読書・「津軽」太宰治著 新潮文庫 (太宰治作品の中でいちばん好きな本)

 

  このところ、散歩にちょうど良い気温の日々が続き、散歩道には、ノイバラが咲き始めています。つぼみの頃はピンク色ですが、咲き始めると、花びらが、ほんのりとうすいピンク色に染まるなるかれんな花です。



 太宰治の作品は、以前に、一時期に集中して読んだ記憶があります。本箱には、当時の名残りの新潮文庫の本が16冊、 評伝などの関連本を含めると30冊近くもあり、金木にある太宰治記念館にも、五所川原から津軽鉄道のストーブ列車に乗って訪ねたこともあったのを、懐かしく思い出します。

 太宰の本の中でいちばん好きな作品は、「津軽」です。

 「津軽」は昭和19年、彼が36歳のとき、小山書店からの依頼で津軽風土記をかくために、津軽半島を3週間かけて、一周したときの記録ですが、わたしが特に好きなのは、旅の最後に、幼少のころに太宰を愛情込めて育ててくれた子守りの「たけ」に、会いに行く場面です。

 津軽鉄道の終点の中里から、バスに乗って2時間、小泊に住んでいるたけに会いにいくのですが、途中のバスの車窓から見た十三湖の描写も 詩的ですてきだといつも思います。

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「十三湖が冷え冷えと白く目前に展開する。浅い真珠貝に水を盛ったような、気品はあるがはかない感じの湖である。」 

                       引用195p

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 バスは小泊に着き、ようやく探し回って、運動会のかけ小屋で、たけを見つけたとき、たけは、「あらあ」「ここさお座りになりせえ」といったきりで、その後は何も言わずきちんと正座して、運動会を見ているだけなのでした・・。

 ところが、竜神様の桜でも見に行くかと、たけに誘われてふたりで登った砂山で、たけはいきなり、久しぶりだなあと、堰を切ったように話しはじめるのです。

 たけの話は、太宰のおさないころの思い出でのあれこれであり、「愛(め)ごくてのう、それがこんなにおとなになって、みな夢のようだ。」

と語るたけの姿には、何度読んでも胸が切なくなる名場面だと、いつも感じ入ってしまいます。

 太宰は、そのように強くて不遠慮な愛情をあらわすたけに、自分はとてもよく似ていて、自分の育ちのルーツはこれだったのだと、悟ったのでした・・・。

 ところが実は、この場面は、太宰の研究者である相馬正一さんによれば、実際にはそうではなく、太宰はたけさんはそっちのけで、同行した住職の方と酒を酌み交わしていたのだとか・・。

 わたしは後にこのことを、長部日出雄さんが書かれた文によって知るのですが、さすがに太宰治は、見事なストーリーテラーだったのだと、感服したのでした。

 「津軽」は、太宰治の故郷「津軽」をめぐる旅の様子をつづっているのですが、彼の大事なこころの故郷を見つけることができた旅でもあったのではないかと思います・・。

  

    


  


2024年6月2日日曜日

読書・日々の過ぎ方 堀田善衛著 ちくま文庫 (サルトルのいないパリ・・)



  ヤマオダマキが散歩道で個性的な花を咲かせています。色や形がアールヌーヴォーのランプのようだと見るたびにいつも思うのですが、繁殖力がとても強く、散歩道はあっというまにランプだらけになってしまいました・・。
 



 堀田善衛さんが書かれた「日々の過ぎ方」を読みました。この本は、1983年に朝日ジャーナルに発表されていたエッセイをまとめて出版なさったとのことですが、当時、堀田さんは、スペインのバルセロナに住んでいらしたようです。

 「不思議な訪問客」というタイトルのエッセイからはじまり、窓や広場、訪問なさった周辺諸国などの話を通して、ヨーロッパ論にまで発展してしまうのは、やはり堀田さんらしい見識の深さだと思いました。

 このエッセイは1983年頃に書かれていますので、当時の日本人の海外での猛烈な経済活動やヨーロッパの事情などもよくわかり、短い章にわかれているので、どこから読んでも、すんなりと読むことができ、しばらくの間、気軽に読む本として、楽しめました。

 堀田善衛さんの本は、いままでに「定家明月記私抄」「定家明月記私抄続篇」「方丈記私記」など読んでいるのですが、それらの本での彼の人生への深い思索や見識の深さには脱帽していました。彼のこの本のようなエッセイを読むのは初めてでしたが、やはりところどころに彼の思索の深さが垣間見え、興味深く読みました。

 巻末の「堀田善衛氏に聞く スペイン往還」で堀田さんは、「サルトルのいないパリは、何もおもしろくない。彼のおかげで、パリに文化というか、文学、思想、哲学があったのが、なくなってしまった」と語られていたのですが、わたしも彼の考えには、同感でした。ボーヴォワールも加えて、寂しく思っていましたから・・。

 サルトルのいないパリでは、今年2024年の夏、オリンピックが開かれる予定だとか・・。




 
  

2024年5月6日月曜日

写真・きょうの一枚・・・(那須連山と鯉のぼりと菜の花畑)

 

 2024年後半のゴールデンウィークは、3日から5日まで、すばらしい晴天でした。この写真は、5月4日に那須ハートフルファームで写した一枚です。




 コバルトブルーの空と那須連山を背景に、500匹の鯉のぼりと一面に広がる菜の花畑の黄色が見事だったのですが、ハートの形の花輪がアクセントになって華をそえ、すてきでした!!!


植物・2024年の思い出の桜の風景・・・ 

 

 2024年の心に残った桜は、4月26日に白河関の森公園で見た、しだれ桜と鯉のぼりのある風景でした。

 


 里山を背景に、しだれ桜と春風に泳ぐこいのぼりを見ていると、やさしい気持ちになるようでした。


 













2024年4月30日火曜日

読書・大好きな本・・・カポーティの「クリスマスの思い出」  

 

 今朝はウグイスのにぎやかな鳴き声で目が覚めました。カーテンを開けると、25日から突然咲き始めた我が家のヤマザクラが満開になっていて、朝の陽光を浴びて輝いていました!




 カポーティの「クリスマスの思い出」は、大好きな本です。村上春樹さん訳で山本容子さんの銅版画が20点も載っている絵本のような文藝春秋出版の本は、わたしの愛蔵本になっています。

 先日、カポーティの「誕生日の子どもたち」という短篇集を読んでいましたら、そのなかで、村上春樹さんが「クリスマスの思い出」を新訳なさっていましたので、比べてみました。




 わたしの好きな最初の場面です。

村上春樹・旧訳

「クリスマスの思い出」トルーマン・カポーティ 文藝春秋

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 十一月も終わりに近い朝を思い浮かべてほしい。今から二十年以上昔の、冬の到来を告げる朝のことだ。広々とした古い田舎家の、台所のことを考えてみてほしい。黒々とした大きな料理用ストーブがまず目につく。大きな丸いテーブルと、暖炉の姿も見える。暖炉の前には、揺り椅子がふたつ並んでいる。暖炉はまさに今日から、この季節お馴染みの轟音を勢いよく轟かせ始めたばかりだ。

・-・-・-・-・   引用6p「クリスマスの思い出・文藝春秋版」



村上春樹・新訳

「誕生日のこどもたち」(文春文庫)という題名のカポーティ短篇集の中の「クリスマスの思い出」

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 十一月も末に近い朝を想像してほしい。今から二十年以上も昔、冬の到来を告げる朝だ。田舎町にある広々とした古い家の台所を思い浮かべてもらいたい。黒々とした大きな料理用ストーブがその中央に鎮座している。大きな丸いテーブルがあり、暖炉の前には、揺り椅子がふたつ並んでいる。暖炉はまさに今日から、この季節お馴染(なじ)みの轟音(ごうおん)を轟(とどろ)かせ始めた。

・-・-・-・-・ 引用109p


 これはまさに、物語のはじまりの場面で、大事なところだと思うのですが、こうして比べてみると、村上春樹さんの翻訳に対する苦心のあとがみえてきます。新訳の方の訳者あとがきの中で彼は「翻訳というものは時間がたつにつれて、やり直したいというところがあちこち出てくるものだ」というようなことを言われているのですが、なるほどと思いました。




 こうなったら、是非英語の原文を読んでみたいと思い、ペンギン・ブックス出版のTruman Capote「A Christmas Memory」を購入したのでした。

 余談になりますが、出版社名が(Penguin Random House UK)と書いてありましたので不思議に思い調べてみますと、2013年にアメリカのランダムハウスと合併してペンギン・ランダムハウスになったとのこと・・。

 英国に住んでいたときに購入していたなつかしいペンギンブックスは、ペンギン・ランダムハウスになっていたのでした。




 カポーティの英語の原文からの引用です。

Truman Capote

A Christmas Memory(1956)

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Imagine a morning in late November. A coming of winter morning    more than twenty years ago. Consider the kitchen of a spreading old house in a country town. A great black stove is its main feature  ; but there is also a big round table and a fire-place with two rocking chairs placed in front of it. Just today the fireplace commenced its seasonal roar.

・-・-・-・-・   引用  A Christmas Memory Truman Capote

                (Penguin Random House UK)1p


 Imagine・想像してみて・・・ではじまるカポーティの歯切れのよい英文は、村上春樹さんの翻訳でも生きていてなかなかすてきに訳されていると理解できました。

 カポーティが7歳の頃に住んでいたアラバマの田舎でのクリスマスの思い出は、「想像してみて」というカポーティの声が耳元で聞こえてくるようでした・・・。

 いつ読んでも、切なくて悲しくて、でもいっぱい愛情に満ちている、バディ(カポーティ)と愛するおばさんで友人のスックと、ラットテリアのクイニーの無垢の物語は、原文でもやはりわたしの大好きな本だと確信したのでした・・・。






 




2024年4月23日火曜日

植物・さくらの季節・・・ほんのりと紅(べに)をさしたようなおおやまざくら・・・

 


 私が住んでいるこの辺りの高原で一番に咲く桜は、少し濃いピンク色の「オオヤマザクラ」です。



 山桜よりも少し大きく、花の直径は4.5cmもあり、別名は「エゾヤマザクラ」といいます。



 さくらの短歌といえば、むかしからずっと好きだったのは、与謝野晶子のこの歌です。

      清水へ祇園をよぎる桜月夜   

               今宵逢ふ人みなうつくしき

                                                                          与謝野晶子

 むかし京都に桜を見に行ったことがあるのですが、ちょうどそのときに、円山公園のしだれ桜(祇園しだれ桜)が、満開でした。この満開の桜の上に月が出ていたらすてきだろうなあと思ったのを思い出します。



 最近惹かれるようになったのは、馬場あき子さんのこの短歌です。

    さくら花幾春かけて老いゆかん

           身に水流の音ひびくなり

                    馬場あき子

 桜にかけて、ご自分の人生の老いをみつめていらっしゃるお姿は、凛としていていさぎよく、すてきです・・。



 でもさくらの短歌といえば、やはり西行のこの歌が、いちばん好きかもしれません。

 春風の花を散らすと見る夢は

     さめても胸のさわぐなりけり

                    西行

 西行は出家の身でありながらも、このようなどきっとするような妖艶とさえよめるような歌を残したのは、さすがといつも思います。

 朝日の中で匂うように咲くやま桜を、日本人の大和心にたとえたのは本居宣長ですが、やはりその桜は、白に近い凛としたヤマザクラが正解で、西行のこの歌のような桜は、少しピンク色がかったオオヤマザクラがふさわしいと思ったのでした・・・。






2024年4月6日土曜日

読書・「鴎外の坂」森まゆみ著・中公文庫

 

  4月4日は、二十四節気では、「清明」でした。清明とは、暦を調べてみましたら、「万物が新鮮になり桜花爛漫」と書いてありましたので、やはりその通りの良い季節になったのだと実感しました。

 わたしが住んでいる高原では、桜はまだまだですが、一昨日の散歩では、うすむらさきの春の妖精、「キクザキイチゲ」が春風にゆれて咲いているのを見つけることができました!!!

 清明の日に可憐に咲いていた「キクザキイチゲ」見惚れてしまいました!



  森まゆみさんの書かれた「鴎外の坂」を、読みました。森まゆみさんのお名前は、須賀敦子さんの著書「本に読まれて」の中の須賀さんらしいユニークな書評で知っていたのですが、そのときのご紹介の森さんの本は「抱きしめる、東京 町とわたし」でした。

 今回はその本ではなく、「鴎外の坂」を選んでみました。

 わたしにとってなじみのある東京の坂といえば、住んでいたことのある文京区のなつかしい「胸突き坂」です。名前のようにかなりきつい坂ですが、坂の途中には、芭蕉ゆかりの関口芭蕉庵もあり、近くには幽霊坂という名前の坂が2つもありますので、文京区は坂の多い町のようです。



 森さんは、鴎外の終の棲家となった観潮楼の近くのお生まれで、地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集もなさっていて地域にくわしく、団子坂はもとより、三崎坂、三浦坂、S字坂、無縁坂、芋坂、暗闇坂、などさまざまな坂をご存じなので、鴎外も歩いたであろう坂に親近感を抱かれ、鴎外の坂という題名になさったのかなと思いました。

 森さんは、鴎外の著書や、鷗外のご家族が書かれた本などから、足で歩いてさまざまな検証をなさり、彼女の言葉で書かれているところに、好感を持ちました。




 わたしは、この本の「はじめに」の最初のところが、特に好きです。

「私は昭和二十九年、文京区駒込動坂町三百二十二番地に生まれた。森鴎外がその半生を暮らした本郷区駒込千駄木町二十一番地から歩いて十五分ほどのところである。」

                     引用7p

 森まゆみさんの評伝の目的が感じられ、わくわくしました。評伝はドナルド・キーンさんの「正岡子規」のように、研究者としてのお立場からのものと違い、親しみやすさを感じたからです。森まゆみさんの人生とシンクロする場面では、彼女の人生観も少し見え、お人柄も感じられた評伝でした。

 読み終えた後、団子坂の上にある「文京区立森鴎外記念館」をまた訪ね鴎外の本を再読してみたいと思ったのでした。