もう8月も終わろうとしています。庭では背の高いシラヤマギクが、風に揺れて涼し気に咲いています。夏の終わりに咲くシラヤマギクは、秋の風情を感じる好きな花です・・。
今年の夏は、昨年よりもだいぶしのぎやすいと感じていたのですが、先日、天気予報の方が、7月下旬に一度だけ、オホーツク海から吹いてくる冷たい風の山背(やませ)が吹いたと言われていました。
久しぶりに山背という言葉を聞き、すぐに、あの宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」の中の「サムサノナツハオロオロアルキ」を、思い出してしまいました。賢治のころの東北地方は、冷夏というのは、作物の不作という厳しい現実を意味したのだと思いますから・・。
宮沢賢治を再読しました。宝島社から出版されている「もう一度読みたい宮沢賢治」ですが、彼の主な作品が出ていて読みやすく気にいっている本です。今回は、その中の「どんぐりと山猫」を読んでみました。
主人公はかねた一郎という少年ですが、ある日へんな招待状をうけとり、でかけていきます。そこで待っていたのは、黄色い陣羽織を着た山猫でした。山猫は、三百ものどんぐりが、「だれがいちばんえらいか」であらそって困っており、一郎の考えを聞きたいといいます。
どんぐりたちは「頭のとがっているのがえらい」「まるいのがえらい」「大きいのがえらい」と主張していました。一郎はこう答えます。
「いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらい。」
一郎のこの答えをを山猫がどんぐりに話すと、しんとしてかたまってしまったのでした・・。
山猫はお礼にと、黄金のどんぐりを一升くれるのですが、家にもどってみると、ただのどんぐりにかわっていたというお話です。
この童話に出てくる山猫は、「黄色な陣羽織」のようなものを着ており、一郎が途中であった白いきのこは、「どってこどってこと変な楽隊をやっていて」、「どんぐりは赤いずぼんをはいており」、馬車別当は、せいのひくいおかしな形の男で「皮のむちをひゅうぱちっ、ひゅうぱちっとならす」というのです。
この童話に出てくる山猫やきのこ、どんぐりや馬車別当のキャラクターも特異なのですが、手紙の文言や、しぐさ、方言の言葉や擬音にまで、ユーモアにあふれておもしろく、まさに賢治ワールドを作っているといつも思います。
賢治の宗教観からくる人生哲学からは、少しユーモアもある真摯な賢治の人柄が、しのばれて、わたしにとっては、詩人としても童話作家としても稀有で特別な存在になっています。
賢治が住んでいた岩手の空は、空気や光の加減なのか、いつもさわやかなパウダーブルーに広がっており、北国に来たのだと、しみじみと空を見上げてしまったのを思い出します。
そして、宮沢賢治のふるさとの花巻や盛岡には、いつもなつかしい、こころのふるさとのような旅情を感じるのでした・・。