先日、雨上がりに散歩していますと、タケニグサの大きな葉っぱの上に、雨粒が水晶玉のように、一瞬きらりと光って見えました。
よく見るとまわりの世界が映っていて、まるで清らかなこころが宿っているようにも見えたのですが、このようにきれいなこころで、まわりの世界を見ることができたらすてきだろうなあと、ひそかに思ったのでした・・。
中村真一郎さんが書かれた「源氏物語の世界」を、再読しました。前回読んだのは、2022年5月11日で、このブログにも感想を書いています。
今回もやはりいちばん心に残ったのは、プルーストとの接点でしたが、どうして「源氏物語」が、世界の文学的遺産となったのかという考察も、再確認したのでした。
1920年代のイギリスでは、世界の知的中心のひとつとして、ブルームズベリーというグループがあり、小説家のE・M・フォースーや、ヴァージニア・ウルフなどがメンバーだったとのこと。
彼らは、ジョイスとプルーストを、文学界に紹介しているのですが、同時期に、アーサー・ウェイレーの翻訳した源氏物語も、プルーストなどと同じ等質の文学として、紹介されたとのことでした。
中村真一郎さんによれば、ウェイレーの源氏物語の英語の翻訳は、知的で優雅で凝っており、まさにブルームズベリー的とのことですが、わたしも彼の英訳の冒頭を読んでエレガントだと感じたのを思い出します。
また、中村真一郎さんは、紫式部の「源氏物語」と、プルーストの「失われた時を求めて」の共通点として以下の4つを挙げられていました。
1・人間のこころの奥へ照明をあたえた。
2・美に対する繊細な趣味。
3・時間に対する形而上学的な重要さ。
4・社交的な生活への興味。
わたしもこの4つは、なるほどと納得したのですが、さすが、フランス文学と、源氏物語に造詣が深いご高察だと思ったのでした。
さらに、中村さんは、ブルームズベリーのグループから、「プルーストは新しい文学として」、「源氏物語は、新しい古典として」認識され、世界文学のなかに登場したのだとも、述べられています。
この本は、源氏物語を再読し、再確認するようにも、楽しく読むことができたのですが、さらには、源氏物語がいかにして、世界の文学の古典として認知されるようになったのかや、プルーストの文学との接点まで知ることができた、忘れがたい一冊になったのでした・・。