冬の深夜、ふと目覚めカーテンを開けて空を眺めたとき、冴えた濃紺の冬空にきらきらと星が輝いて見えたときめくような光景は、わたしの記憶の1ページに大事にしまってある特別な思い出です。
その同じ光景を千年以上も前に見て書き留めていた歌人がいました。建礼門院右京大夫です。彼女は高倉天皇の中宮徳子(後の建礼門院)に仕えていたことがある女性です。
彼女の歌集は、「建礼門院右京大夫集」というのですが、その中にこんな歌が出てきます。
☆月をこそ ながめなれしか 星の夜の 深きあはれを こよい知りぬる
建礼門院右京大夫
月はこれまでにも眺めて慣れてきましたが、星月夜がこんなにもこころに染み入るようにすてきだとは、今宵初めて知りましたというような歌意です。
彼女のこの和歌の前に書いてある詞書もすてきで、この星月夜のことを「縹色(はなだいろ」の紙に金箔を散らしたよう」というおしゃれな表現で書いています。
この「建礼門院右京大夫集」は、和歌と詞書(ことばがき)で書かれているのですが、わたしは物語風にも読むことができました。
建礼門院右京大夫が愛した平資盛(たいらのすけもり)は壇ノ浦で亡くなり、仕えていた高倉天皇の中宮徳子も、あの平家の戦いの悲劇の後、建礼門院となり出家したことなど、平家一門の栄華と挫折を見てきた歌人でもある作者は、抒情詩人のような感性で、この歌集を作っていることに惹かれました。
この歌集の作者は、藤原定家が勅撰集編纂のために歌を集めるときに、どのような名前で歌を載せたいのかと尋ねられ、思い入れのあった中宮の徳子、後の建礼門院を偲び、「建礼門院右京大夫」(けんれいもんいんうきょうだいぶ)にしたということが、最後に書かれています。
彼女が愛した星月夜は、千年後のわたしも見た光景でした。
☆月をこそ ながめなれしか 星の夜の 深きあはれを こよい知りぬる
建礼門院右京大夫
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