須賀敦子さんの最後の本になってしまった「時のかけらたち」を、読みました。須賀さんの本は、「ミラノ 霧の風景」を、読んだときからのファンでしたが、こんなにもヨーロッパを深く理解できる教養を持った女性が日本にもいるのだと思うと、うれしくなったのをいまでもはっきりと覚えています。この最後の本では、そのことを更に深く痛感させられました。
40年前のまだ留学生だったころの須賀さんを虜にしてしまったローマのパンテオン。それは紀元前27年から25年にアグリッパが建てさせたのですが、紀元80年に火災で焼け落ちた後、125年に再建されたとか。須賀さんは、その再建された円形ホールの設計者といわれているのがあのハドリアヌス帝であるとわかったとき、とてもびっくりなさったそうです。
というのも、須賀さんは当時、マルグリット・ユルスナールの「ハドリアヌス帝の回想」をめぐる文を書こうと思われていたからとのこと・・。この本とは、たぶん「ユルスナールの靴」のことかなと思いますが・・。
パンテオンからハドリアヌス帝にたどりつくまでの、須賀さんがヨーロッパで過ごされた長い時の流れ、その中の「時のひとかけら」・・・そのひとかけらについて何か書きとめてみたいという文で、最初の章は、始まっています。
そのあと、ヴェネツィアの悲しみ、アラチェリの大階段、・・などとイタリアでのお話がいろいろと続き、最後に須賀さんがたどり着かれたのは、やはりイタリアの詩と詩人のお話でした。最後の章は「サンドロ・ペンナのひそやかな詩と人生」というタイトルで、ペンナのすてきな詩を、彼女の訳で紹介なさっています。
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ぐっすりとねむったまま生きたい
人生のやさしい騒音にかこまれて。 サンドロ・ペンナ(須賀敦子訳)
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須賀さんはこの詩の作者のペンナのことを、彼の詩は彼の人生に似ていると言われていますが、ペンナは最初にできた詩を、あのトリエステの詩人のサバに送ったそうです。ペンナとサバ、どちらの詩人も「人生、いのち、生活」のすべてを意味する「vita」から視線をはなすことがないと、須賀さんは二人の共通点をあげていらっしゃいます。
「ペンナはいい詩人だ そこまで教えてくれて夫は死んだ」
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と、須賀さんは最後のページに書かれているのですが、それを読んだ時、わたしはたまらなくなり、涙がこぼれてきました。須賀さんが病室で最後まで、手をいれていらしたというこの本は、やはり詩がお好きだったパートナーのペッピーノさんへのオマージュだったのかもしれないと、わたしには思えました。
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ぐっすりとねむったまま生きたい
人生のやさしい騒音にかこまれて。 サンドロ・ペンナ(須賀敦子訳)
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サンドロ・ペンナのこのたった2行だけの、深い味わいのあるすてきな詩は、須賀敦子さんの思い出として、ずっと、わたしの心にも残るものになりました・・・。
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