今年の秋は、ウリハダカエデの紅葉がすてきでした。みどりの葉から次第に黄色になり、赤やむらさきにまで、さまざまで微妙な色合いに染まっていくのを見ると、いつも自然のすばらしさを感じてしまいます。
先日、ギッシングの書いた「ヘンリ・ライクロフトの私記」を、再読していましたら、シェイクスピアの「あらし」のことが出ていました。
主人公はシェイクスピアの作品の中で「あらし」ほど好きなものはなく、シェイクスピアを母国語で読めることがイギリスに生まれたことを感謝する理由のひとつにもなっている。そして、シェイクスピアとイギリスは、ただひとつのものにほかならないとまで、いっているのですが、これは作者のギッシングの本音なのだろうなあと、想像できました。
ギッシングがこれほどまでに心酔しているシェイクスピアですが、私の場合「ロミオとジュリエット」など5,6冊読んだだけで、「あらし」はまだ未読でしたので、今回は研究社のシェイクスピア・コレクションの大場建治訳で読んでみたのでした。
「あらし」は、シェイクスピアの最後の作品と言われており、この後、シェイクスピアは、ロンドンを引き払って故郷のストラットフォード・アポン・エイボンに帰ったとのこと。ストラットフォード・アポン・エイボンは、わたしにとっても二度訪ねたことがある懐かしい街です。シェクスピアの生家や、近所にある妻の実家も訪ねたことがあり、チューダー様式の木でできたがっしりとした建物には、独特のガラスの窓がはめ込まれていて、室内はチューダー様式の家具とともにきれいに保存されていたのを、思い出します。
翻訳者の大場さんによれば、シェイクスピアの劇は、詩劇であるといわれており、セリフの大部分が詩になっているのだとか・・。
ギッシングも「ヘンリ・ライクロフトの私記」の中で、「あらし」はシェイクスピアの劇作品の中でも「最も気高い瞑想的な言葉や、最後に到達した人生観、哲学の教訓の言葉、優雅な抒情詩、優艶な愛の言葉」は、彼の詩人としてのすばらしさを表していると、絶賛していました。
「あらし」を読んでみてわたしは、シェイクスピアが登場人物のひとりキャリバンに言わせているこの三行のセリフにとても惹かれましたので、引用してみます。
・-・-・-・-・
夢ん中で雲がぽっかと二つに割れて宝物が
落ちてきそうになって、だから目が覚めてから、
夢の続きが見たいって泣いたんだ。
・-・-・-・-・ 引用 109p
何度読んでみても、名セリフだと、感動します。
翻訳者の大場さんも、この三行を訳しながら、涙をながされたとか・・。このセリフはやはり、あのキャリバンがいっているので、特に心にしみるのだと思います。
やはりシェイクスピアは、ギッシングがいっていたように、偉大な詩人だったのだと再認識した読書でした。
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