散歩していると、まだまだ雪が残っていて、木の切り株に積もった雪は、こんな感じで、まるでアイスクリームか、ふわふわのメレンゲのようです。
最近の読書は、2,3冊の本を同時進行で読むことが多くなりました。先日も澁澤龍彦さんが書かれた「幻想の肖像」と、三島由紀夫さんの「三島由紀夫の美学講座」を、交互に読んでいましたら、澁澤龍彦さんが、三島さんの文を引用なさっているのに気づきました。
それは、澁澤さんの「幻想の肖像」のなかの、ヤコボ・ツッキの「珊瑚採り」の絵の紹介のところなのですが、三島由紀夫さんのこんな文を引用なさっていたのでした。
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「なかでもツッキの『海の宝』は、ギュスタアヴ・モロオの筆触を思わせるものがあり、前景では多くの裸婦が真珠や珊瑚を捧げ持ち、その背後には明るい海がえがかれて、無数の男女の遊泳者が、さまざまのきらびやかな宝を海から漁(あさ)っているところである。」(『アポロの杯』より)
引用・「幻想の肖像」120p (三島由紀夫の文からの引用)
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澁澤龍彦さんは、当時の美術批評界には、ヤコボ・ツッキという十六世紀のイタリアの画家について、言及している人はなく、三島由紀夫さんがこの画家について発言した最初の日本人だったのかもしれないと、書かれています。
私は、三島由紀夫さんの評論が好きですが、彼は画にも造詣が深く、ご自分の審美眼で観ていらしたのだと今更ながら、思ったのでした。
「三島由紀夫の美学講座」ちくま文庫は、ほとんど同じ文ですが、ツッキはZucchiとなっています。
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「なかでもZucchiの「海の宝」(十六世紀)は、ギュスタアヴ・モロオの筆触を思わせるものがあり、前景では多くの裸婦が真珠や珊瑚(さんご)を捧げもち、その背後には明るい海がえがかれて、無数の男女の遊泳者が、さまざまのきらびやかな宝を海から漁(あさ)っているところである。」
引用 「三島由紀夫の美学講座」の165p
「羅馬」より (三島由紀夫の文)
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このように、三島由紀夫さんの同じ文を、2つの作品から偶然にも読んだことで、このヤコブ・ツッキという未知のイタリアの画家の絵は、わたしにとって忘れられないものになったのでした。
そしてまた、わたしの紛失物が見つかるという不思議な出来事もあったのです。
それは、一年以上も前に紛失していたわたしの真珠のピアスですが、本を読んだ翌朝にベットの枕のところで見つかったのです。
ヤコブ・ツッキの絵には、真珠や珊瑚を捧げ持っている姿が描かれていたのですから、偶然とはいえ、真珠のピアスの発見は、とても不思議でうれしい出来事でした!