枯れ葉を掃除していましたら、下からツルリンドウの赤い実を、見つけました。ツルリンドウは秋にうすむらさきのかわいい花を咲かせるのですが、晩秋には赤い果実をつけます。
赤い実は、とても目立つので、ほとんどは野鳥に食べられてしま ったり、しおれてしまったりたりするので、この季節まで残っているのは、かなりめずらしく、何か宝物を見つけたような気分でした!
厳しい冬の間、枯れ葉の下でひっそりと冬を過ごしていた愛しい赤い実です・・。
プルーストの記念すべき第一作、「楽しみと日々」を、久しぶりに読んでみました。この本は、もうだいぶ昔から本箱にあり、セピア色に変色しています。
プルースト23歳のときの若書きの最初の著作ですが、今回はあたらしい発見がありました。
プルーストは記念すべきこの本を、ウィリー・ヒースという友人にささげているので興味を持ち、ウィリー・ヒースとはどんな人だったのか、調べてみました。
すると、ウイリー・ヒースの母親の旧姓が、何と「スワン」ということが、最近の研究(2021年)でわかったということを知ったのです!
スワンといえば、「失われた時を求めて」に出てくるあのスワンですので、ウィリー・ヒースは、「スワンのモデルのひとり」なのかもしれないと考えると、わくわくしてきます。
また、この本にはヒースは、英国人と書いてあるのですが、実は、ニューヨーク生まれで、プルーストと出会ってからわずか数か月後の1893年の10月3日に腸チフスで、パリで亡くなっており、お墓はブルックリンにあるとのこと・・。
若き日のプルーストは、ウィリー・ヒースのことをこんな風に書いています。
朝、ブローニュの森の木陰の下でプルーストを待っていたウィリー・ヒースの姿は、まるでファン・ダイクが描いた貴族たちの一人のようで、精神の優雅さがあったと・・。
このような文を読むと、もしかしたらプルーストは、ウィリー・ヒースに、友人以上のものも感じていたのかもしれないと想像してしまうのは、わたしだけでしょうか。
この本は、アナトール・フランスの序文をはじめ、初版本には、プルーストの恋人でもあり、その後、生涯の友人となった音楽家のレーナルド・アーンのピアノ曲の楽譜や、マドレーヌ・ルメールの花々の挿絵まで入っている豪華で高価な本だったということで、プルーストの初版本にかける意気込みのようなものが感じられます。
わたしはこの本の中の「二十六 森の下草」という章の文が好きです。彼はノルマンディの奥地に生える山ぶなの木のすてきな描写を描いているのですが、最後はこんな文で終わっているのです。
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微風が一瞬、きらめく、黒ずんだ不動の姿を乱しにくる。すると、樹木たちはその梢の先に光をゆらし、その根もとに影を動かしながら、弱弱しくかすかなふるえをみせつける。
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引用255p
「失われた時を求めて」の自然描写を思わせるような詩的で、すてきな文だと思います!
ジットは、この本のことを、「大輪の花々の新鮮な蕾」と言ったそうですが、もちろん大輪の花々とは、「失われた時を求めて」のこと・・。
本箱のすみに、ずっとあったこの本ですが、久しぶりにプルーストの青春の息吹を感じることができた読書でした!