2026年3月30日月曜日

読書・「プルーストを読む」「『失われた時を求めて』の世界」 鈴木道彦著 集英社新書 (過去の魂の物語・・)

 

  きょうの散歩で「セリバオウレン」が咲いているのを、見つけました。いつもと同じ群生地です。セリバオウレンは、葉がセリの形をしているので名付けられたそうですが、数年前に初めてこの花を見たときには、小さな春の妖精たちが踊っているように見えたのを思い出します!

 また、植物学的にもとてもめずらしい花で、雌花と真っ白の雄花、そして両性花と三種類もあるのですが、下の写真は、雌花です。


               セリバオウレンの雌花

 

   わたしにとって、鈴木道彦さんといえば、プルーストの「失われた時を求めて」を、井上究一郎さんの翻訳に続いて読んだ、二番目のプルースト翻訳者ですが、彼の著書「異郷の季節」も、昨年の11月に読んでこのブログにもアップしており、親しみのある方です

   鈴木道彦さんは、2001年に「失われた時を求めて」を、全巻訳し終えられて翌年の2002年にこの本を、書かれたようですが、本の帯には、「最高のプルースト入門」と、大きく書かれていますので、そのころに新刊で読み、それ以来、本箱にいつもある本です。

 鈴木さんとプルーストとの出会いは、第二次世界大戦後まもなくのころ、旧制高校の三年の十八歳の春に「スワンの恋」を読まれ、人生の方向を決めてしまうほどに、この本に惹きつけられてしまったということです。そしてそれ以来、プルーストを知ったおかげで人生が豊かになられたとのことですが、人生が豊かになったという点では、わたしもまったく同じでした・・。


               セリバオウレンの雄花

 鈴木さんは、1929年のお生まれで、東京大学文学部仏文科卒業後、1954年からのフランス留学をへて、フランス文学者になられていますが、父上の鈴木信太郎さんもフランス文学者でしたので、やはりサルトルのように本に囲まれた恵まれた環境で育たれたのかなと想像します。

 プルーストの作品は、作家や批評家や専門の外国文学者に限らず、別の仕事を持った人々や主婦たちの中にも熱心な読者がいると書かれていますが、わたしはこのような鈴木さんの知識人としてのリベラルなお考えにとても惹かれます!!!


               セリバオウレンの両性花

 また彼は、作品理解の上でプルーストの実人生を知ることが大事ではないというお考えで、この作品は「虚構の自伝」であり虚構であるからこそ、自分の真実を語ることができると、言われていますが、わたしもそう思います。

 プルーストの「失われた時を求めて」の第一巻「スワン家のほうへ」が、1913年に出版されたとき、「ル・マタン」紙の記者のインタビューにプルーストはこのようなことを答えたとか・・。

 私の作品は、無意識的記憶と、意志的記憶の区別に貫かれているが、意志的記憶は、知性と目の記憶であって、真実を欠いた面しか与えてくれない。それに比べて匂いや味というようなものが、われわれのこころによびさましてくれるものは、意志的記憶とはどんなに違っているかと、感じる・・。

 鈴木さんはこのことから、

「要するに、無意志的記憶の合図によって始まるのは、死んだ過去を語る自伝とは異なって、蘇った過去の魂の物語なのである。」と、書かれています。

 「過去の魂の物語」という彼の表現がとてもすてきだなと思いました・・。






2026年3月15日日曜日

読書・「二十世紀の十大小説」篠田一士著・新潮文庫 (すべての小説の中での一冊は、プルースト・・)

 

 3月に入り、2度も雪が積もりました。そんな中で、「フキノトウ」は、元気に春を告げています。このブログで雪の中のフキノトウの蕾の写真をアップしたのは、2月8日でしたが、それから、もう一か月近く過ぎ、きょうの散歩道の「フキノトウ」は、すっかり蕾が開き、花が咲き始めていました・・。



 「すべての小説の中での一冊はプルースト」とおっしゃる評論家の篠田一士(はじめ)さんの著書、「二十世紀の十大小説」を読みました。

 手持ちの本の再読ですが、調べてみましたら、1980年代に「新潮」に連載されていたものを、1988年に新潮社から単行本化され、さらに2000年に文庫化されたものが、この本とのこと・・。

 ということは、わたしが20年以上も前に読んだ本で、内容はほとんど忘れていたのですが、「すべての小説の中での一冊はプルースト」と書かれていたのだけは、覚えていました。多分彼のプルースト論の部分を読みたくて、本屋さんで購入したのだと思います。

 当時、篠田さんはプルーストを読むのに、井上究一郎さんの訳を未訳の二篇まで残して読み、残りは鈴木道彦訳で中央公論社版「世界の文学」から、そして「逃げ去る女」は、保苅瑞穂訳で講談社版「世界文学全集」からだったということでした。

 1980年代のプルーストを読む環境は、現在の3人もの個人全訳で読むことができるという恵まれた環境とは、だいぶ違っていたようです。

 篠田さんは、井上究一郎さんの訳を、絶賛なさっているのですが、わたしも井上さんの訳で初めてプルーストを読んだ当時をなつかしく思い出しました。



 篠田さんの本文の中で、当時わたしが気に入っていた部分にマークがしてあったのですが、こんな文でした。

・-・-・-・

ママへのあこがれの思いは、ちょうどヴァーグナーの「指輪」(リング)の変ホの和音の響きが、いくつものライトモチーフをつくりだし、ついには、あの巨大な楽劇全体を構築してゆくのと同じように、この「失われた時を求めて」の、かずかずの愛と幻滅のドラマを導きだし、それらを一体化しながら、二十世紀現代の、まさしく、われわれの「神曲」ともいうべき、この言語の大伽藍の、最初の礎石定置に当るもので、その批評的意味合いは、きわめて重、かつ大である。

・-・-・-・      引用75~76p

 篠田さんの気合のこもったプルーストの「失われた時を求めて」論ですが、「二十世紀現代のわれわれの言語の大伽藍のライトモチーフ」が、「ママへのあこがれの思い」というのは、とても頷けました。(井上究一郎さんは、「失われた時を求めて」の中で、フランス語のママンを、ママと訳していらしたので、篠田さんもそのまま、ママになさっていたようです。)



 また、プルーストを楽しんで読むだけの読者にとっては、プルーストのユーモア感覚は十分味わっているので知っていることでもあると思うが、篠田さんのような評論家にとっては、批評の論題としては、説明するのがかなり至難の業なのであると、吐露なさっています。

 そして、やはりこの本は、翻訳ではなく、フランス語の原文で読むのがよく、日本語では伝えるのが難しいと、書かれていますが、わたしにもこの部分の微妙な感覚は、彼の趣旨がよくわかるような気がしました。母とフロラ叔母、セリーヌ叔母、祖父などの会話のところですが、篠田さんは、

「みな口調が少しずつ変化させられていて、それらがまた、いささか調子外れのプチット・サンフォニーを奏でているのが、何ともおかしいのである。」

と、書かれていますが、プチット・サンフォニーとは、「小さな交響曲」とでもいうような意味で、おしゃれで粋な言い方だと感じました・・。

 そういえば、たしか吉田秀和さんも、このようなユーモアにあふれたフランス語の会話を、楽しまれていたというのを、彼のエッセイで読んだことがあったのを思い出しました。

  篠田さんは、文学はもちろん、詩歌や音楽など多方面の卓越な評論もなさっていたということですが、多面的な教養をお持ちの方だったことがよくわかる本でした・・。

 



2026年3月9日月曜日

読書・「楽しみと日々」プルースト 窪田般彌訳 福武文庫 プルースト23歳のときの最初の作品・・

 

 枯れ葉を掃除していましたら、下からツルリンドウの赤い実を、見つけました。ツルリンドウは秋にうすむらさきのかわいい花を咲かせるのですが、晩秋には赤い果実をつけます。

  赤い実は、とても目立つので、ほとんどは野鳥に食べられてしま ったり、しおれてしまったりたりするので、この季節まで残っているのは、かなりめずらしく、何か宝物を見つけたような気分でした!

 厳しい冬の間、枯れ葉の下でひっそりと冬を過ごしていた愛しい赤い実です・・。




 プルーストの記念すべき第一作、「楽しみと日々」を、久しぶりに読んでみました。この本は、もうだいぶ昔から本箱にあり、セピア色に変色しています。

 プルースト23歳のときの若書きの最初の著作ですが、今回はあたらしい発見がありました。

 プルーストは記念すべきこの本を、ウィリー・ヒースという友人にささげているので興味を持ち、ウィリー・ヒースとはどんな人だったのか、調べてみました。

 すると、ウイリー・ヒースの母親の旧姓が、何と「スワン」ということが、最近の研究(2021年)でわかったということを知ったのです!

 スワンといえば、「失われた時を求めて」に出てくるあのスワンですので、ウィリー・ヒースは、「スワンのモデルのひとり」なのかもしれないと考えると、わくわくしてきます。

 また、この本にはヒースは、英国人と書いてあるのですが、実は、ニューヨーク生まれで、プルーストと出会ってからわずか数か月後の1893年の10月3日に腸チフスで、パリで亡くなっており、お墓はブルックリンにあるとのこと・・。

  


 若き日のプルーストは、ウィリー・ヒースのことをこんな風に書いています。

 朝、ブローニュの森の木陰の下でプルーストを待っていたウィリー・ヒースの姿は、まるでファン・ダイクが描いた貴族たちの一人のようで、精神の優雅さがあったと・・。

 このような文を読むと、もしかしたらプルーストは、ウィリー・ヒースに、友人以上のものも感じていたのかもしれないと想像してしまうのは、わたしだけでしょうか。

 この本は、アナトール・フランスの序文をはじめ、初版本には、プルーストの恋人でもあり、その後、生涯の友人となった音楽家のレーナルド・アーンのピアノ曲の楽譜や、マドレーヌ・ルメールの花々の挿絵まで入っている豪華で高価な本だったということで、プルーストの初版本にかける意気込みのようなものが感じられます。

 わたしはこの本の中の「二十六 森の下草」という章の文が好きです。彼はノルマンディの奥地に生える山ぶなの木のすてきな描写を描いているのですが、最後はこんな文で終わっているのです。
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微風が一瞬、きらめく、黒ずんだ不動の姿を乱しにくる。すると、樹木たちはその梢の先に光をゆらし、その根もとに影を動かしながら、弱弱しくかすかなふるえをみせつける。
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                       引用255p

 「失われた時を求めて」の自然描写を思わせるような詩的で、すてきな文だと思います!

 ジットは、この本のことを、「大輪の花々の新鮮な蕾」と言ったそうですが、もちろん大輪の花々とは、「失われた時を求めて」のこと・・。

 本箱のすみに、ずっとあったこの本ですが、久しぶりにプルーストの青春の息吹を感じることができた読書でした!