散歩の途中、オオデマリの白いまりのような花が、道路の方まで、こぼれるように咲いていました。この花は、プルーストの本の中の「花咲く乙女たちのかげにⅠ」にも出てきます。スワン夫人の手にしている万年雪のようなマフとならんで、大手毬の花が咲き乱れているのを見るだけで、主人公は、田園への郷愁をそそられるというところです。
フランスでは、オオデマリは、Boules de Neigeといい雪の玉ですから、スワン夫人のマフも、オオデマリの花のように、万年雪のような純白のまりのように見えたのだと思います。
サルトルの言葉を読みました。 この本を最初に読んだのは、学生の頃だったのですが、内容はもうすっかり忘れていました。
それは「失われた時を求めて」の「スワンの恋」に出てくるスワンの言葉なのですが、スワンが恋から覚めたとき、「好みでもない女のために一生を棒にふってしまった」というあのフレーズなのでした。
わたしもこの言葉は、しっかりと覚えているのですが、やはり、サルトルも、この言葉に惹かれるものを感じ使用したのでしょうが、サルトルのユーモアのようなものさえ、感じたのでした。
サルトルは、プールーと呼ばれていた子供のころから、作家になるのが天職と思っていたようです。
サルトルは、プールーと呼ばれていた子供のころから、作家になるのが天職と思っていたようです。
人生が始まった時、わたしのまわりには本があった、死ぬときも多分そうだろうと言っていますが、幼少の頃の本に囲まれた恵まれた環境は、彼の知性に限りなくプラスの影響を与えたのだろうと想像できました。本に囲まれて育ったサルトルが本を書くことになるのは、必然であったのかもしれません。
この本は、サルトルが60歳近くになったときに幼年時代を書いた自伝ですが、彼が本を書く必然は自己救済でもあったようです。書くということを、多方面から考察しているのもおもしろく、一筋縄ではいかないやはり哲学者のサルトルらしさを感じながらの読書でした。
フランソワーズ・サガンが、サルトルの「言葉」のことを「フランス文学全体の中でも最も才能に輝く書物」と言っていたのを思い出します。
「すべての言葉が結果をもたらす、沈黙も同様だ」という彼の言葉が、強く印象に残った読書でした・・。
※写真の花は、オオデマリです。
0 件のコメント:
コメントを投稿