7月に入りましたが、今年の梅雨は雨が少ないように思います。梅雨の季節に咲くコアジサイは好きな花ですが、これは、6月に庭で写した写真です。
パウダーブルーの小さな無数の花が、サイダーの泡のようにはじけて、さわやかな香りを漂わせていました・・。
リルケの「フィレンツェだより」を、ひさしぶりに読みました。この本は、森有正さんが、仏訳で読まれて衝撃を受けられ、日本語に翻訳なさったとのことです。
わたしにとってリルケは、好きな詩人ですが、彼の書いた「マルテの手記」や「若き詩人への手紙・若き女性への手紙」も、好きな本です。特に「マルテの手記」は、好きで、このブログにも以前に感想を書いています。
この「フィレンツェだより」は、22歳のリルケが14歳年上のルー・アンドレアス・ザロメにイタリアのフィレンツェから書き送った手紙ですが、ルーは、知性にあふれた魅力的な女性で恋人でもあり、彼の生涯の星ともいうべき存在だったようです。
リルケはそのような存在のルーに、22歳という若い日に、フィレンツェからイタリアの芸術にふれた感動を、書き送っているのです。
リルケは、本の中で「フィレンツェでわたくし自身の部分を発見した」と、書いているように、彼にとって、フィレンツェでの芸術にふれたという経験は、自分自身を知ることになったことでもあったようです。
翻訳者の森有正さんは、フランス文学者で哲学者ですが、「リルケのレゾナンス」というあとがきで、プルーストにも言及なさっているのが、とても印象に残りましたので、引用させていただきます。
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「デカルトの「情念論」も教えているように、感性から意志に到る人間の在り方の全体がヨーロッパでは一つの世界を構成し、どこからそこに入っても、徹底すればその世界全体を見ざるをえなくなるからである。プルーストはその「喪われし時を求めて」において、この精神の徹底的遍歴を描き出している。」 引用188p
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さすが、フランス文学と哲学を学ばれた森さんらしい考察だと、思いました。そして、森さんは、異質のようにみえるリルケとアランも、本当は同質の思想傾向であることを、プルーストから学んだとも書かれていました。
この「フィレンツェだより」は、森有正さんにとって、リルケに生涯にわたってレゾナンス(共鳴)なさることになった特別の本だったようです。
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