2024年9月6日金曜日

読書・「梨のつぶて」丸谷才一文芸評論集・丸谷才一著・晶文社  その2・「舟のかよひ路」源氏物語について

 

 8月の後半から、我が家の庭に「レンゲショウマ」が、咲きはじめました。「レンゲショウマ」は、わたしがいちばん好きな花と言ったのを覚えていらした知人から、数年前にいただいたものです。

「レンゲショウマ」は、日本特産の一属一種の気品ある花で、この花を見ると、わたしはいつも源氏物語に出てくる「紫の上」を、思い出してしまいます。昨年は咲かなかったので、今年はためいきをつきながら、見惚れています・・。



  
 丸谷才一さんの文芸評論集の「梨のつぶて」は、前回は「『嵐が丘』とその付近」の章についてブログにアップしたのですが、今回は、源氏物語が論じられている「舟のかよひ路」を選んでみました。

 丸谷さんは、源氏物語の現代性ということに、注目なさっているのですが、おもしろい視点だと感じました。

 源氏物語の現代性として、最初に、源氏物語の中の挿話が、「砂時計の形(シンメトリー)をした小説である」ということに気がつかれ感動なさったとか。

 砂時計の形の挿話については、
 「光源氏が父の妻(藤壺)と関係し、息子が生まれて天皇になる」
 そして、
 「光源氏の妻の女三宮が柏木と関係して息子が生まれ、光源氏は実子として育てることになる」
 という2つの話が砂時計のように、シンメトリーになっているというのです。

 この砂時計のような形になっているという考えは、E・M・フォースターが、アナトール・フランスの「舞姫タイス」を砂時計の形をした小説といっているのをふまえて、丸谷さんは源氏物語のこの挿話も同じだと考えられたとのこと。

 


 次に、源氏物語の現代性はそれだけではなく、「夢の使用の巧みさ」もあるとして、柏木の夢を紹介なさっています。

 「柏木は女三宮と関係したすぐあとに、猫の夢を見るのですが、女三宮が飼っていた猫が御簾のすそをあげたために、柏木が彼女の姿を見てしまい、恋するようになったのでしたが、猫は当時、夢占いで妊娠を意味していたとか・・。」

 また、夢だけではなく源氏物語は、「イメージの使用が優れた手法にもなっている」として、プルーストの「失われた時を求めて」の中の「囚われの女」のアルベルチーヌの眠りについてもふれられています。「鮮やかで精細な比喩」だとして。 

 さらに、源氏物語では、登場人物の自作の和歌によって本文をいっそう鮮やかにイメージしたり、古歌の引用によって、イメージを華麗にしたりしているが、もしプルーストが読んでいたら、羨望だったのかもとも・・。



 最後に、わたしがこの丸谷さんの評論で特に心に残ったのは、この3つでした。

それは、

   1・源氏物語の現代性を、独自の視点から論じられていること。

 2・日本では、中世の歌人たちや連歌師が、絵画的で音楽的な詩の方法を「源氏物語」のイメージの匂やかな扱い方により学んだこと。

 3・そして、フランス象徴詩の文学風土からプルーストやジェイムズ・ジョイスのあたらしい小説が生まれたということ・・。

 丸谷さんのこの源氏物語の文芸評論は、ご専門の英語圏の文学のほかにも、フランスの文学圏の文学風土や、我が国の中世の和歌や連歌など、自在に時間や空間を越えて論じられているのがユニークで、興味深くおもしろく読むことができました。

 最後に「梨のつぶて」という本の命名も、丸谷さんらしい言葉遊びで、さすがにジョイス仕込みだと思ったのでした・・。