2026年2月25日水曜日

読書・「英国に就いて」吉田健一著 ちくま文庫 

 

 2月も半ばを過ぎ、庭のバードバスは、ようやく氷がとけて野鳥たちも水がらくに飲めるようになりました。エサ台にはひまわりの種を入れてあるのですが、数日前から冬鳥の「アトリ」がひまわりの種を食べにやってきました。

 このあたりでは、いつも2月に見かけるのですが、胸がオレンジ色のアトリが庭に来るようになると、うれしくなります。アトリはシベリアやカムチャッカ半島、スカンンジナビアで繁殖し、日本へは10月頃に群れを作ってはるばると、日本海を渡って飛来してくるとのこと。3月頃に北の国へ帰ってしまうのですが、長い旅を思うと愛おしく思えてくる野鳥です・・。




 吉田健一さんの書かれた「英国に就いて」は、繰り返し読んでいるわたしの好きな本です。  わたしも、英国には2度にわたり10年ぐらい住んだことのある懐かしい場所でもあるので、読み返すたびに新しい発見もあり、楽しんで読んでいる本になっています。

 解説で小野寺健さんが、この本についての名エッセイを書かれていて読み応えがあります。

 小野寺さんは、英文学者で翻訳家でしたが、吉田さんの本の「英国の文学」を名著と断定なさり、フォースターの勘所を、吉田さんは独特の文体でからめとり上手に書かれていることに感嘆なさっているのでした。

 わたしは今回、この本の「英国の四季」という章のところで、吉田さんは英国の春の詩を、一篇挙げるとすれば、エリオットの「荒地」だと書かれているところに注目したのですが、なるほどと納得でした。

 「四月は残酷な月だ」で始まるあの有名なT・S・エリオットの詩です。英国の冬は長くて暗く、4月はまだ冬で、ひとたび雨や雪が降れば、大地はぬかるんでまさに、どろだらけになるのです。この詩が書かれたヨーロッパの1920年代は、一種の時代の過渡期でもあり不安定だったということでは、「英国の春」に似ており、やはり英国の春の詩は、エリオットの「荒地」だとの結論でした。

 吉田さんはケンブリッジで、文学を学ばれたので、文学にからめての英国論は、説得力があるようにいつも思います。

 また、夏の期限があまりにも短いのを、シェイクスピアの詩を引用してその感想をこんな風に書かれています。

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この詩を読む時、西に傾いた太陽の、いつかは終るとも見えない絢爛な光線が大気に金粉を舞わせている英国の夏の黄昏を思わざるを得ない。我々東洋人はこういう濃厚で、そしてそれでいて生のままの美しさを持った現実を、西洋の詩や音楽、或いは絵画を通してしか知らない。それは英国の冬がどの位陰惨かを知らないのと同じである。例えば、英国の秋は木が紅葉すると言っても、その色は赤と黄に限られているのではなくて、紫、茶、黄、赤などの色がまだ紅葉していない緑と混じって何れがより鮮明であるかを秋空の下に競うのであり、英国の夏の緑もそれに劣らず、何か現実とは思えない光沢を持っている。

・-・-・-・-・ 引用 107p~108p


「いつかは終わるとも見えない絢爛な光線が大気に金粉を舞わせている英国の夏の黄昏・・・」

うっとりするほどすてきな散文です・・。

 𠮷田さんは、詩人でもあったのだと再認識した読書でした。




2026年2月8日日曜日

読書・「書架記」吉田健一著 中公文庫  (プルウストの小説)について・・

 

 立春は、2月4日でした。今年の冬は長い間、寒気が居座り、寒い冬になっていますが、立春の日は、風もなく、気持ちの良い冬晴れの一日でした。

 公園や道路のわきには、まだ、雪が残っているのですが、フキノトウが出ているのを見つけました。さみどり色の春の使者です・・。


        



 吉田健一さんの書かれた「書架記」を、読みました。吉田健一さんの本は、「英国について」が特に好きなのですが、彼の英国に対する理解と見識には、読み返すたびにいつも脱帽してしまいます。

 この「書架記」は、彼に影響を与えた本について書かれているのですが、プルーストもそうだったようです。彼のプルーストについての章、「プルウストの小説」を面白く読みました。

 吉田健一さんは、プルーストの「失われた時を求めて」を戦前に16冊本だったのを手に入れられたとのことですが、これは、フランス語の本だったのでしょうか・・。この本は、戦争中に焼かれてしまったとのことです。

 この16冊は、この版で夢中になって読まれたとのこと。

 𠮷田さんは、プルーストの小説は、出てくる人物の意識の流れを書いているということや、時間や記憶の再構成、そして、自分を素材として書いているが、それを芸術にまで高めていることなどを、彼独特の文体で、ゆったりと書かれています。




 わたしが、おもしろいと思ったのは、吉田健一さんが、ジョイスの「ユリシーズ」と比べてみると、やはり繰り返して読みたくなるのは、プルーストの「失われた時を求めて」のほうだと言っていらっしゃることでした。わたしも、もちろんそうなので・・。

 吉田健一さんは最後に、N・R・Fから出ていた16冊本の普及版がいまあればと書いていらっしゃいますので、最初に夢中になって読まれたのは、やはり、フランス語の原書だったのだと思ったのでした。