2月も半ばを過ぎ、庭のバードバスは、ようやく氷がとけて野鳥たちも水がらくに飲めるようになりました。エサ台にはひまわりの種を入れてあるのですが、数日前から冬鳥の「アトリ」がひまわりの種を食べにやってきました。
このあたりでは、いつも2月に見かけるのですが、胸がオレンジのアトリが庭に来るようになると、うれしくなります。アトリはシベリアやカムチャッカ半島、スカンンジナビアで繁殖し、日本へは10月頃に群れを作ってはるばると、日本海を渡って飛来してくるとのこと。3月頃に北の国へ帰ってしまうのですが、長い旅を思うと愛おしく思えてくる野鳥です・・。
吉田健一さんの書かれた「英国に就いて」は、繰り返し読んでいるわたしの好きな本です。わたしも、英国には2度にわたり10年ぐらい住んだことのある懐かしい場所でもあるので、読み返すたびに新しい発見もあり、楽しんで読んでいる本になっています。
解説で小野寺健さんが、この本についての名エッセイを書かれていて読み応えがあります。
小野寺さんは、英文学者で翻訳家でしたが、吉田さんの本の「英国の文学」を名著と断定なさり、フォースターの勘所を、吉田さんは独特の文体でからめとり上手に書かれていることに感嘆なさっているのでした。
わたしは今回、この本の「英国の四季」という章のところで、吉田さんは英国の春の詩を、一篇挙げるとすれば、エリオットの「荒地」だと書かれているところに注目したのですが、なるほどと納得でした。
「四月は残酷な月だ」で始まるあの有名なT.S.エリオットの詩です。英国の冬は長くて暗く、4月はまだ冬で、ひとたび雨や雪が降れば、大地はぬかるんでまさに、どろだらけになるのです。この詩が書かれたヨーロッパの1920年代は、一種の時代の過渡期でもあり不安定だったということでは、「英国の春」に似ており、やはり英国の春の詩は、エリオットの「荒地」だとの結論でした。
吉田さんはケンブリッジで、文学を学ばれたので、文学にからめての英国論は、説得力があるようにいつも思います。
また、夏の期限があまりにも短いのを、シェイクスピアの詩を引用してその感想をこんな風に書かれています。
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この詩を読む時、西に傾いた太陽の、いつかは終るとも見えない絢爛な光線が大気に金粉を舞わせている英国の夏の黄昏を思わざるを得ない。我々東洋人はこういう濃厚で、そしてそれでいて生のままの美しさを持った現実を、西洋の詩や音楽、或いは絵画を通してしか知らない。それは英国の冬がどの位陰惨かを知らないのと同じである。例えば、英国の秋は木が紅葉すると言っても、その色は赤と黄に限られているのではなくて、紫、茶、黄、赤などの色がまだ紅葉していない緑と混じって何れがより鮮明であるかを秋空の下に競うのであり、英国の夏の緑もそれに劣らず、何か現実とは思えない光沢を持っている。
・-・-・-・-・ 引用 107p~108p
「いつかは終わるとも見えない絢爛な光線が大気に金粉を舞わせている英国の夏の黄昏・・・」
うっとりするほどすてきな散文です・・。
𠮷田さんは、詩人でもあったのだと再認識した読書でした。
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