作家の北方謙三さんは、この本(ヘンリ・ライクロフトの私記・ギッシング作・平井正穂訳)のことを学生時代から何度読み返したかわからないと、インタビュー記事の中でおっしゃっていました。
わたしは、北方さんほどではないのですが、時々読んでみる本です。
主人公のヘンリ・ライクロフトは、ブックレビューなども書くような文筆家なのですが、貧乏で不遇な生活をずっとしていました。50歳のときに、幸運にも知人から終身年金を遺贈され田舎の小さな家に家政婦さんを頼んで住むことができるようになり、ようやく貧乏から解放されたのでした。
ヘンリ・ライクロフトは、田舎の質朴な小さな家で、お金のことも心配しなくともよい生活になり、好きな読書をし、散歩をしては季節や自然を楽しむという毎日になったのです。
彼の住んでいたのは、藁屋根のこんなコテッジだったのかもしれません。
ライクロフトは、イギリス人はけち臭さを嫌い、おうように生活することを望むので貧乏を憎み軽蔑すると言っています。そしてイギリス人の美点は、おおまかな心のあたたかい金持ちのそれであるので、貴族階級はそれを実践できる代表者であり、庶民との間に結ばれてきたお互いのよしみは意義深いと、書いています。
生活に困らない程度のお金があり、質素だけれどおいしい食事とあたたかい部屋、そして好きな読書と散歩と思索の日々、ライクロフトの晩年の生活は、作者のジョージ・ギッシングの理想の日々だったのだと思います。
ギッシングは、この本で、春・夏・秋・冬とそれぞれの章にわけて書いているのですが、夏のところでこんな風に書いていますので引用してみます。
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日曜の朝だ。地上の美しいあらゆるものの上に、この夏になって、まだかってないほどのすがすがしい、柔らかい空が輝いている。窓は開け放たれ、庭の木の葉や花の上に太陽の光が輝いているのが見える。わたしのためにうたってくれている鳥の声もいつものように聞こえる。時折、軒端に巣をつくっている岩ツバメがさえずりもせずにすっと飛んでいく。教会の鐘はもう鳴りはじめた。遠近で鳴る鐘の音色を私はすっかり覚えている。
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「ヘンリ・ライクロフトの私記」ギッシング作・平井正穂訳・ワイド版岩波文庫
引用89p
ヘンリ・ライクロフトが過ごしている平和で自然が美しい、イギリスの夏の田舎での生活が、目に浮かぶようです。
この本が出版されたのは、1903年でその後、数か月で著者のジョージ・ギッシングは南フランスで亡くなっています。ギッシングは異国で、イギリスの田舎の景色を、夢見ながら天国に行ったのだろうなあと思います。
翻訳者の平井正穂さんは、この本のことを解説で「貴重な人生記録の「小さな傑作」としてイギリス文学史上に残ることは明らかである」と書かれていますが、これからも愛されていく本だと思います。
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