1月20日は、大寒でした。今年の冬は例年になく寒波が続いていて、寒い冬になっています。きょうは久しぶりの冬ばれの朝で、青空が目にしみるようでした。
庭のうさぎの置物もまだまだ雪の帽子をかぶったままです。公園に行ってみると、ウサギの足跡があちこちにあり、エサをさがしているようでした。
エドマンド・ホワイトの書いたプルーストの評伝「マルセル・プルースト」を、読みました。この本は、池袋のジュンク堂で購入した記憶があるのですが、岩波書店の「ペンギン評伝双書」で2002年に第一刷発行と、書いてありますので、20年前ぐらいから本箱にあったもので再読です。
エドマンド・ホワイトは、アメリカで著名なゲイの作家と、紹介されていますが、いままでに読んだプルースト研究者の本とはとても違っていて、小説家の視点で非常におもしろく書かれていて数日で一気に読んでしまいました。
エドマンド・ホワイトは、自身のゲイとしての苦悩なさった人生経験からだと思うのですが、ゲイとしてのプルーストを見る視線がとてもやさしく人間愛に満ちていて、しかも彼の小説家としての見識や彼自身の知性の深さも感じられる評伝になっていると思いました。
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プルーストのどのページを開いても、精神の働きが転写されているーーーそれは、特異な語彙と個人の枠組に限定された偏見を備えた登場人物であるモリー・ブルームやスティーブン・ディーダラスのものである意識の乱雑な流れとは異なり、一つの精神、一つの声によってすみずみまで調整されて、つねに統制のとれている内省なのである。至高なる知性がそこにはある。
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引用 164~165p
エドマンド・ホワイトの見識がうかがえる箇所だと思いますが、20世紀文学のプルーストと並んで、双璧といわれているジェイムズ・ジョイスをこのように比べて論じているのは、わたしのようなプルーストファンとしては、うれしくなってしまうような見解でした・・。
(ジェイムズ・ジョイスのユリシーズは、長年、積読本だったのですが、ようやく昨年読み終えたばかりでしたので、エドマンド・ホワイトの考えに共感したのでした。)
プルーストの「失われた時を求めて」を、エドマンド・ホワイトが自身のゲイとしての立場から、プルーストのゲイとしての核心にふれているこの本は、とても読みやすく、プルーストの初心者にも読み返しているファンにとっても、おもしろい評伝になっていると思いました・・。
凝った表紙の本で、上表紙が丸く切り取られていて、本体の
プルーストの写真の顔が見えるようになっています。
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