2026年8月27日木曜日

読書・「もう一度読みたい宮沢賢治」宝島社 再読・・     (どんぐりと山猫・・)

 

 もう8月も終わろうとしています。庭では背の高いシラヤマギクが、風に揺れて涼し気に咲いています。夏の終わりに咲くシラヤマギクは、秋の風情を感じる好きな花です・・。

 


 今年の夏は、昨年よりもだいぶしのぎやすいと感じていたのですが、先日、天気予報の方が、7月下旬に一度だけ、オホーツク海から吹いてくる冷たい風の山背(やませ)が吹いたと言われていました。

  久しぶりに山背という言葉を聞き、すぐに、あの宮沢賢治の詩「雨ニモマケズ」の中の「サムサノナツハオロオロアルキ」を、思い出してしまったのですが、賢治のころの東北地方は、冷夏というのは、作物の不作という厳しい現実を意味したのだと思いますから・・。




 宮沢賢治を再読しました。宝島社から出版されている「もう一度読みたい宮沢賢治」ですが、彼の主な作品が出ていて読みやすく気にいっている本です。今回は、その中の「どんぐりと山猫」を読んでみました。 

 かねた一郎という少年が、山猫に、どんぐりたちの争いの仲裁を頼まれて、出かけていくのですが、その争いというのは、こんなことでした。

 どんぐりたちは「頭のとがっているのがえらい」「まるいのがえらい」「大きいのがえらい」と主張しているのでした。

 一郎はこう答えます。

「いちばんえらくなくて、ばかで、めちゃくちゃで、てんでなっていなくて、あたまのつぶれたようなやつが、いちばんえらい。」

 一郎のこの答えを、山猫が、どんぐりに話しますと、しんとしてかたまってしまったのでした・・。山猫は一郎に、お礼にと、黄金のどんぐりを一升くれるのですが、家にもどってみると、ただのどんぐりにかわっていたというお話です。

 この童話に出てくる山猫やきのこ、どんぐりや馬車別当のキャラクターも特異なのですが、手紙の文言や、しぐさ、方言の言葉や擬音にまで、ユーモアにあふれておもしろく、まさに「賢治ワールド」を作っているといつも思います。

 また、賢治の宗教観からくる人生哲学からは、少しユーモアもある真摯な賢治の人柄が、しのばれて、わたしにとっては、詩人としても童話作家としても稀有で特別な存在になっています。


 賢治のふるさとの花巻市にある宮沢賢治記念館やイーハトーブ館を訪ねたこともあり、賢治が青春を過ごした盛岡の街はとくに好きで、数回訪ねたこともありました。

 賢治が住んでいた岩手の空は、空気や光の加減なのか、いつもさわやかなパウダーブルーに広がっており、北国に来たのだと、しみじみと空を見上げてしまったのを思い出します。 

 そして、宮沢賢治のふるさとの花巻や盛岡には、いつもなつかしい、こころのふるさとのような旅情を感じるのでした・・。



 

2026年8月17日月曜日

読書・日本の名随筆63「万葉三」中西進編 作品社   (万葉集の歌と、ロメオとジュリエット・・・)

 

 7月の下旬に「ヤマユリ」が咲き終わるころ、林の薄暗がりで「ウバユリ」が静かに咲いていました。緑がかった白い花は、気品が感じられ、そっと浮かぶようでした。

 葉が枯れるころに花が咲くので、「ウバユリ」と名づけられたそうですが、どこか切ないひびきが、心に残ります。

 林の奥でひっそりと咲く「ウバユリ」は、そこだけ凛とした美しい時間が流れているように感じたのでした。

 


 日本の名随筆を集めた作品社の「万葉三」を、再読しました。

 この本は、万葉集に関する随筆を、中西進さんの編で20集められているのですが、今回はその中の「日本古代詩歌の魅力 ー-ウェーリーの訳を通して」という題の平川祐弘さんの書かれた随筆をおもしろく読みました。

 平川さんは、比較文学者とのことですが、万葉集の詩歌を、アーサー・ウェーリーさんの英訳と比較して紹介なさっています。


 万葉集巻七(一二六三)

暁(あかとき)と夜烏(よがらす)鳴けどこの山上(をか)の木末(こぬれ)の上はいまだ静けし                               作者不詳


この作者不詳の万葉集の和歌を、ウェーリーさんは、このように改訳なさっています。

・-・-・

HE.      'Dawn,dawn,dawn!' the crows are calling.

SHE.   Let  them  cry!

             For  round  the  little  tree-tops

             Of  yonder  mountain

             The  night  is  still.

男、 「夜明けだ、夜明けだ」と烏(からす)たちが時を告げている。

女、 鳴いても構わないわ。

   だって向こうの山の

   梢のあたりは

   まだ夜が静かなのですもの。

・-・-・-・     引用223~224p


 アーサー・ウェーリーさんのこの改訳は、小さな光のようなものを感じたのですが・・。

 平川さんは、このウェーリーさんの改訳の英詩を読むと、わたしたち日本人は、シェイクスピアの「ロメオとジュリエット」のバルコンでのきぬぎぬの別れを惜しむ場面を、連想するのではと、言われていますが、わたしも同じように思ったのでした。



  そして次に、平川さんは、「ロメオとジュリエット」の同じ場面を、紹介なさっています。

・-・-・-・    

ジュリエット もう行ってしまうの?朝にはまだ間(ま)があるわ、いま聞こえたのは雲          

       雀(ひばり)ではなくてよ。

ロメオ    いや朝を告げる雲雀だ。ほら、ごらん、あの向こうの東の空を、ほがらかな 

       朝がはや霧を破って山の頂きにつま先き立ちに立っている。

・-・-・-・      引用224p


 平川さんは、ウェーリーさんが、万葉集の歌を英訳なさるときに、彼と彼女との対話として、人間味の強い会話にドラマタイズなさったのは、イギリスの読者に理解されやすくするためと、分析なさっています。

 そして、詩というものは、その国の伝統的な雰囲気にうまく合わないと、詩情がいきてこないのではとも・・。

 アーサー・ウェーリーさんは、世界の詩の中で日本の和歌ほど外国語に翻訳しがたいものはないともいわれており、何よりも和歌の詩情を大切に尊ばれていたとのことです。

 それにしても、あの源氏物語の英語の名訳で知られているアーサー・ウェーリーさんが、万葉集の歌をこのように、大胆に改訳なさっていたとは、やはり文化の違いは、おもしろいと思ったのでした。

 そして、万葉集の歌のしずけさと、ロメオとジュリエットの劇的な朝の気配がひとつの光景として感じられたのでした・・。




 

2026年8月12日水曜日

読書・「王朝百首」塚本邦雄 講談社文芸文庫     (「花筐」としての本・・・)

 


  オカトラノオという面白い名前の花が咲いています。虎の尾に似ているから名付けられたとのことですが、かわいらしい小さな白い5弁の花が星を集めたようにいっぱいついていて、見るたびにいつも、舞妓さんの「はなかんざし」にしたら、似合うのではないかしらと、思ってしまうのです・・。




  「花筐」という美しい言葉があります。

 花などを入れる籠のことですが、うつくしい和歌を集めて入れた花かごと考えますと、この本はまさに、「花筐」だと思うのです・・。

 塚本邦雄さんが書かれた「王朝百首」は、本箱にある彼の14冊ある本の中では、いちばん多く読んでいる本かもしれません。

 この本の解説を書かれている橋本治さんの文は、何度読み返しても、読み返すたびにいつも、感服してしまうのですが、橋本治さんは、この「王朝百首」は、日本国民必読の書と、断定なさっているのが、彼らしいなあと思ってしまいます・・。

 橋本さんは、もう亡くなられていますが、1974年の12月、26歳のときに、はじめて書店で函入りのこの本を函からだして、ご覧になられ、そのときに、そこにはただ「美しいもの」が、並んでいたとのご感想なのでした・・。



 この「王朝百首」を書かれた塚本邦雄さんは、前衛歌人ですが、「小倉百人一首」に秀歌はないと断定なさり、王朝の和歌の中から、彼の審美眼で選び抜かれた百首を、掲載なさっていて、見事です。

 塚本さんによれば、王朝の和歌は、日本の言葉の「さはやかさ」「あてやかさ」であり、それを現代によみがえらせたいという趣旨でこの「王朝百首」という詞華集を編まれたとのことです・・。


わたしが一番好きな歌人の式子内親王の和歌からは、2首選ばれています。

  「盃に春のなみだをそそぎけるむかしに似たる旅のまどゐに」     式子内親王

  「ほととぎすそのかみ山のたびまくらほのかたらひし空ぞ忘れぬ」   式子内親王

定家からは、

  「移香(うつりが)の身にしむばかりちぎるとて扇の風の行方たづねむ」  藤原定家

そして、塚本さんの最愛の歌人とおっしゃる、藤原良経の和歌からはこの2首です。

  「あすよりは志賀の花園まれにだにたれかはとはむ春のふるさと」    藤原良経

  「さびしさや思ひ弱ると月見ればこころの底ぞ秋深くなる」       藤原良経


  定家と、良経の和歌も、それぞれ、わたしの好きな歌を選んでくださっているので、うれしいのですが、やはりわたしは、式子内親王の「ほととぎすそのかみ山のたびまくら・・・」の和歌は、いつ読んでも和歌の語感の「やわらかさ」と「繊細さ」の奥の人生のかなしさまで、感じられ、やはり彼女の歌は、わたしにとって特別だと、思われるのです・・。

 美しい和歌を集めて入れた花かごである「花筐」という言葉がぴったりの本だと改めて思ったのでした・・。