このさわやかな若草色の扇は、京都の祇園祭に行ったときに、買ったものですが、夏に出かけるときのわたしの大事な小物になっています・・。
扇といえば、大好きな定家のこんな歌があります・・。
「移り香の身にしむばかりちぎるとて扇の風の行方たづねむ」
藤原定家
藤原定家
定家の歌に、こんなに色っぽい歌があるとは知らなかったのですが、塚本邦雄さんの著書「定家百首・雪月花」と、「王朝百首」で知ったのでした。
塚本さんによれば、定家は恋歌の名手で、この歌は29歳の時の作ということですが、「王朝百首」には、こう書かれています。
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「濃艶であってしかも爽やか、肉感的であってしかも雅やか その上に物語絵巻の一齣を見るかに ロマネスクである」
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塚本さんの文も、簡潔でしかも華麗、定家の歌の本質を、見事に言い表していると思いました。
定家は、職業歌人でしたが、塚本さんによれば彼は「王朝貴族にはめずらしく、伝えられるほどの醜聞もなく、恋歌はすべて創作」ということですのでこの歌もそうなのでしょうが、さすが「プロの歌」だと感じます・・。
「濃艶であってしかも爽やか、肉感的であってしかも雅やか その上に物語絵巻の一齣を見るかに ロマネスクである」
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塚本さんの文も、簡潔でしかも華麗、定家の歌の本質を、見事に言い表していると思いました。
定家は、職業歌人でしたが、塚本さんによれば彼は「王朝貴族にはめずらしく、伝えられるほどの醜聞もなく、恋歌はすべて創作」ということですのでこの歌もそうなのでしょうが、さすが「プロの歌」だと感じます・・。
ところで、能の「定家」ですが、式子内親王が忍ぶ恋の相手として出てきます。能の中で、定家は、式子内親王の死後、恋情がすてられなく、彼女の墓の石塔に「テイカカズラ」となって、まとわりついたという伝説です。
式子内親王のお墓とされている京都の「般若三昧院」(はんにゃざんまいいん)を、訪ねたことがあります。奥まったところに、五輪塔がたっていたのですが、とても素朴な石塔だったのを思い出します・・。
もちろん、「テイカカズラ」は、石塔にはからみついていなかったのですが、このような伝説が生まれたのは、ふたりともに、卓越した歌人で、和歌があまりにも、真実味を帯びていたこともあるのではと、思ったのでした・・。
「移り香の身にしむばかりちぎるとて扇の風の行方たづねむ」
藤原定家「濃艶であってしかも爽やか、肉感的であってしかも雅やか」という塚本さんの定家評がぴったりの和歌だと、思います・・。




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