2024年5月6日月曜日

写真・きょうの一枚・・・(那須連山と鯉のぼりと菜の花畑)

 

 2024年後半のゴールデンウィークは、3日から5日まで、すばらしい晴天でした。この写真は、5月4日に那須ハートフルファームで写した一枚です。




 コバルトブルーの空と那須連山を背景に、500匹の鯉のぼりと一面に広がる菜の花畑の黄色が見事だったのですが、ハートの形の花輪がアクセントになって華をそえ、すてきでした!!!


2024年4月30日火曜日

読書・「クリスマスの思い出」 トルーマン・カポーティ 村上春樹訳/山本容子銅版画 文藝春秋 (大好きな本・・・)

 

 今朝はウグイスのにぎやかな鳴き声で目が覚めました。カーテンを開けると、25日から突然咲き始めた我が家のヤマザクラが満開になっていて、朝の陽光を浴びて輝いていました!




 カポーティの「クリスマスの思い出」は、大好きな本です。村上春樹さん訳で山本容子さんの銅版画が20点も載っている絵本のような文藝春秋出版の本は、わたしの愛蔵本になっています。

 先日、カポーティの「誕生日の子どもたち」という短篇集を読んでいましたら、そのなかで、村上春樹さんが「クリスマスの思い出」を新訳なさっていましたので、比べてみました。




 わたしの好きな最初の場面です。

村上春樹・旧訳

「クリスマスの思い出」トルーマン・カポーティ 文藝春秋

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 十一月も終わりに近い朝を思い浮かべてほしい。今から二十年以上昔の、冬の到来を告げる朝のことだ。広々とした古い田舎家の、台所のことを考えてみてほしい。黒々とした大きな料理用ストーブがまず目につく。大きな丸いテーブルと、暖炉の姿も見える。暖炉の前には、揺り椅子がふたつ並んでいる。暖炉はまさに今日から、この季節お馴染みの轟音を勢いよく轟かせ始めたばかりだ。

・-・-・-・-・   引用6p「クリスマスの思い出・文藝春秋版」



村上春樹・新訳

「誕生日のこどもたち」(文春文庫)という題名のカポーティ短篇集の中の「クリスマスの思い出」

・-・-・-・-・

 十一月も末に近い朝を想像してほしい。今から二十年以上も昔、冬の到来を告げる朝だ。田舎町にある広々とした古い家の台所を思い浮かべてもらいたい。黒々とした大きな料理用ストーブがその中央に鎮座している。大きな丸いテーブルがあり、暖炉の前には、揺り椅子がふたつ並んでいる。暖炉はまさに今日から、この季節お馴染(なじ)みの轟音(ごうおん)を轟(とどろ)かせ始めた。

・-・-・-・-・ 引用109p


 これはまさに、物語のはじまりの場面で、大事なところだと思うのですが、こうして比べてみると、村上春樹さんの翻訳に対する苦心のあとがみえてきます。新訳の方の訳者あとがきの中で彼は「翻訳というものは時間がたつにつれて、やり直したいというところがあちこち出てくるものだ」というようなことを言われているのですが、なるほどと思いました。




 こうなったら、是非英語の原文を読んでみたいと思い、ペンギン・ブックス出版のTruman Capote「A Christmas Memory」を購入したのでした。

 余談になりますが、出版社名が(Penguin Random House UK)と書いてありましたので不思議に思い調べてみますと、2013年にアメリカのランダムハウスと合併してペンギン・ランダムハウスになったとのこと・・。

 英国に住んでいたときに購入していたなつかしいペンギンブックスは、ペンギン・ランダムハウスになっていたのでした。




 カポーティの英語の原文からの引用です。

Truman Capote

A Christmas Memory(1956)

・-・-・-・-・

Imagine a morning in late November. A coming of winter morning    more than twenty years ago. Consider the kitchen of a spreading old house in a country town. A great black stove is its main feature  ; but there is also a big round table and a fire-place with two rocking chairs placed in front of it. Just today the fireplace commenced its seasonal roar.

・-・-・-・-・   引用  A Christmas Memory Truman Capote

                (Penguin Random House UK)1p


 Imagine・想像してみて・・・ではじまるカポーティの歯切れのよい英文は、村上春樹さんの翻訳でも生きていてなかなかすてきに訳されていると理解できました。

 カポーティが7歳の頃に住んでいたアラバマの田舎でのクリスマスの思い出は、「想像してみて」というカポーティの声が耳元で聞こえてくるようでした・・・。

 いつ読んでも、切なくて悲しくて、でもいっぱい愛情に満ちている、バディ(カポーティ)と愛するおばさんで友人のスックと、ラットテリアのクイニーの無垢の物語は、原文でもやはりわたしの大好きな本だと確信したのでした・・・。






 




2024年4月23日火曜日

植物・さくらの季節・・・ほんのりと紅(べに)をさしたようなおおやまざくら・・・

 


 私が住んでいるこの辺りの高原で一番に咲く桜は、少し濃いピンク色の「オオヤマザクラ」です。



 山桜よりも少し大きく、花の直径は4.5cmもあり、別名は「エゾヤマザクラ」といいます。



 さくらの短歌といえば、むかしからずっと好きだったのは、与謝野晶子のこの歌です。

      清水へ祇園をよぎる桜月夜   

               今宵逢ふ人みなうつくしき

                                                                          与謝野晶子

 むかし京都に桜を見に行ったことがあるのですが、ちょうどそのときに、円山公園のしだれ桜(祇園しだれ桜)が、満開でした。この満開の桜の上に月が出ていたらすてきだろうなあと思ったのを思い出します。



 最近惹かれるようになったのは、馬場あき子さんのこの短歌です。

    さくら花幾春かけて老いゆかん

           身に水流の音ひびくなり

                    馬場あき子

 桜にかけて、ご自分の人生の老いをみつめていらっしゃるお姿は、凛としていていさぎよく、すてきです・・。



 でもさくらの短歌といえば、やはり西行のこの歌が、いちばん好きかもしれません。

 春風の花を散らすと見る夢は

     さめても胸のさわぐなりけり

                    西行

 西行は出家の身でありながらも、このようなどきっとするような妖艶とさえよめるような歌を残したのは、さすがといつも思います。

 朝日の中で匂うように咲くやま桜を、日本人の大和心にたとえたのは本居宣長ですが、やはりその桜は、白に近い凛としたヤマザクラが正解で、西行のこの歌のような桜は、少しピンク色がかったオオヤマザクラがふさわしいと思ったのでした・・・。






2024年4月6日土曜日

読書・「鴎外の坂」森まゆみ著・中公文庫

 

  4月4日は、二十四節気では、「清明」でした。清明とは、暦を調べてみましたら、「万物が新鮮になり桜花爛漫」と書いてありましたので、やはりその通りの良い季節になったのだと実感しました。

 わたしが住んでいる高原では、桜はまだまだですが、一昨日の散歩では、うすむらさきの春の妖精、「キクザキイチゲ」が春風にゆれて咲いているのを見つけることができました!!!

 清明の日に可憐に咲いていた「キクザキイチゲ」見惚れてしまいました!



  森まゆみさんの書かれた「鴎外の坂」を、読みました。森まゆみさんのお名前は、須賀敦子さんの著書「本に読まれて」の中の須賀さんらしいユニークな書評で知っていたのですが、そのときのご紹介の森さんの本は「抱きしめる、東京 町とわたし」でした。

 今回はその本ではなく、「鴎外の坂」を選んでみました。

 わたしにとってなじみのある東京の坂といえば、住んでいたことのある文京区のなつかしい「胸突き坂」です。名前のようにかなりきつい坂ですが、坂の途中には、芭蕉ゆかりの関口芭蕉庵もあり、近くには幽霊坂という名前の坂が2つもありますので、文京区は坂の多い町のようです。



 森さんは、鴎外の終の棲家となった観潮楼の近くのお生まれで、地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集もなさっていて地域にくわしく、団子坂はもとより、三崎坂、三浦坂、S字坂、無縁坂、芋坂、暗闇坂、などさまざまな坂をご存じなので、鴎外も歩いたであろう坂に親近感を抱かれ、鴎外の坂という題名になさったのかなと思いました。

 森さんは、鴎外の著書や、鷗外のご家族が書かれた本などから、足で歩いてさまざまな検証をなさり、彼女の言葉で書かれているところに、好感を持ちました。




 わたしは、この本の「はじめに」の最初のところが、特に好きです。

「私は昭和二十九年、文京区駒込動坂町三百二十二番地に生まれた。森鴎外がその半生を暮らした本郷区駒込千駄木町二十一番地から歩いて十五分ほどのところである。」

                     引用7p

 森まゆみさんの評伝の目的が感じられ、わくわくしました。評伝はドナルド・キーンさんの「正岡子規」のように、研究者としてのお立場からのものと違い、親しみやすさを感じたからです。森まゆみさんの人生とシンクロする場面では、彼女の人生観も少し見え、お人柄も感じられた評伝でした。

 読み終えた後、団子坂の上にある「文京区立森鴎外記念館」をまた訪ね鴎外の本を再読してみたいと思ったのでした。







2024年3月25日月曜日

読書・「正岡子規」ドナルド・キーン著 角地幸男訳 新潮社

 

 3月も半ばを過ぎ、だいぶ春めいてきたのですが、まだまだ雪が降る寒い日もあります。先日の雪が残る晴れた日に写したヤマユリの実のドライフラワーです。雪をバックにすると、すてきに写すことができました。



 
 ドナルド・キーンさんが書かれた「正岡子規」を再読しました。
 
 いつもさすがキーンさんと思うのは、子規の英語力についての評価でした。子規は自分に英語力がなかったと繰り返し言っていたそうですが、キーンさんは第一高等中学校での子規の英語の答案を読み、「子規の英語力は決して馬鹿にしたものではなかった」と、書かれています。

 子規の書いた英文「Baseo as a Poet(詩人としての芭蕉)」の中で、子規はあの有名な芭蕉の俳句「古池や蛙飛び込む水の音」を、こんな風に訳していたそうです。

       The old mere!
                     A frog jumping in,
                     The sound of water.



 子規が亡くなったときには、英語の原書の蔵書として、ミルトン、バイロン、ワーズワースなどの詩の本があり、漱石への手紙には特に感動した英語の詩の引用もしていたとか・・。

 また子規のベースボール好きは有名ですが、キーンさんの推測として大学予備門の友達からこのゲームを教えてもらい、そのあと河東碧梧桐に教えたのではと書かれています。

 子規はベースボール用語の翻訳までし、そのいくつかは現在でもまだ使われているものもあるということですので、驚きました。

 以前に上野公園内にある正岡子規記念球場で見たことのある野球の句碑が、思い出されます。

     ♪春風やまりを投げたる草の原   子規



  
 キーンさんはいまや俳句は、日本のみではなく、アメリカの多くの学校でも教えられていると書かれていますが、そういえばわたしもロンドンに住んでいたころ、知人の英国人に「俳句を作ってみたけれど、どうかしら?」と聞かれたことがあるのを思い出しました。



 
 このように欧米にまで俳句が広まったのは、日本の伝統文化が明治維新後、危機的状況になっていたころ、「ホトトギス」の創刊や「写生」という方法で俳句と短歌を掘り起こして国民的文芸にまで高めた子規の功績をこの評伝で再確認したのでした。

 子規が死の前日に作ったという俳句です。

♪糸瓜(へちま)咲て 痰のつまりし 仏かな     子規

 子規はユーモアのある俳句も大分作っていますが、この辞世になってしまった句も、自分の姿を諧謔的にみている彼の視点が感じられました。享年は三十五歳だったとか・・。

 

 

 

2024年2月20日火曜日

歳時記・「2024年のひな飾り」  (ヘルシーなプチケーキ・・・)


 昨日は「雨水」で、あたたかい雨の一日でしたが、きょうも、散歩をしていると、コートなしでも汗ばむほどの、あたたかさでした。

 今年の我が家のひな飾りです。左からつるし雛、うさぎのお雛さま、日本人形、そして小さなお雛さまなどで、日本人形以外は全部わたしの手作りです。





 きょうは、お雛さまを見ながらコーヒータイムをしたのですが、おやつにはこんなものを作ってみました。



 プチケーキのように見えますが、実は蒸したさつまいもを切って、ココアパウダーをまぶしたものです。

 上に苺をのせるとかわいらしいプチケーキになりました。

 こちらは、ブルーベリーをトッピングしたものですが、おひなさまには、苺のほうがかわいくてぴったりかもしれませんね。




 さつまいもと、ココアパウダーと苺やブルーベリーなので、とてもヘルシーで味もおいしく、いっしょにお茶をした方にも好評でした!

  





 





2024年2月14日水曜日

読書・「星の王子さま」再び・・・

 

  2月10日は、冬晴れであたたかく、散歩日和の日でした。那珂川河畔公園では「マンサク」がもう咲いていて、黄色いリボンのようなはなびらが春を告げているようでした。



  先日、NHK・BS世界のドキュメンタリーで、「星の王子さまの誕生」を見ました。

 サン=テグジュベリは、第二次世界大戦中、フランスがドイツと講和するとアメリカに亡命したのですが、すでに高名な作家だった彼は、ニューヨークで、編集者たちに本を書くようにと勧められたようです。

 その本とは童話で、彼自身のイラストも入り、彼が不時着したことのある砂漠での経験や思索から「星の王子さま」が生まれたのでした。



「星の王子さま」の作者のサン=テグジュペリは、「夜間飛行」や「人間の大地」も書いており、その2冊も大好きな本ですが、わたしにとってはなぜか「星の王子さま」は、特別の本に感じられます。

 ドキュメンタリーを見たのをきっかけに、また読んでみました。

 王子さまの星に咲いているたった1本のばらは、だいじな愛する人であり、砂漠に住むキツネとの出会いは、絆を結ぶことの大事さ、

 そして、いちばん大切なことは、目にみえないという深い思索は、彼のこころの声で、いちばん言いたかったことなのだというのが、今回もまたひしひしと伝わってきました。



 君は君のばらに責任があり、ぼくはぼくのばらに責任がある・・これもいろいろな意味に受け取れる言葉です。

 サン=テグジュペリの友人はこのばらについて、「トニオ(サン=テグジュペリ)はフランスというばら、自由というばらを守ろうとしたのだ・・」と言っていたのが、印象的でした・・。



 1943年の4月6日に「星の王子さま」は出版されるのですが、その直前にサン=テグジュペリは、空軍に入り、翌年の1944年7月31日に偵察飛行にでかけたまま、行方不明になってしまったのです・・・・・。

 やはり、テグジュペリは、友人が言ったように、フランスというばら、自由というばらを守りたかったのかもしれません。

 王子さまの星に咲いているたった1本のばらを、特別な存在として大事に思っている王子さまの心情には、いつも共感してしまいます。

 読む人の思索がどこまでも広がっていくような「星の王子さま」は、やはり名作なのだと実感した読書でした・・。