2023年3月21日火曜日

読書・「プルースト 読書の喜び わたしの好きな名場面」保苅瑞穂著 筑摩書房 (再読)

 


 3月のはじめ頃、那珂川河畔公園に咲いていたマンサクの花です。黄色いリボンのようなひらひらの花びらを見ると、いつも春がようやくめぐってきたと感じます。そして、この花が咲いているのを見ると、なぜか「しあわせの黄色いリボン」という言葉を思い出してしまうようになりました・・。



  保苅瑞穂さんが書かれた「プルースト 読書の喜び」を久しぶりに再読してみました。このブログでは2020年8月9日に感想をアップしていますので2度目です。

 保苅さんは、大学を定年退職なさった後、2008年から留学時代からの夢だったパリに住んでいらしたのですが、2021年7月10日にパリで84歳で亡くなられたと知りました。この本にもパリでプルーストゆかりの散歩道などを散策なさったことなどが書いてありましたし、念願のパリ暮らしは、お幸せな晩年だったのではと、想像しております。それにしても7月10日というのは、プルーストの誕生日ですので、同じ日に亡くなられたというのは 何か 保苅さんとプルーストとの不思議な縁のようなものを感じました・・・。

 保苅瑞穂さんの本は、ちくま文庫の「プルースト評論選」の「Ⅰ文学篇」と「Ⅱ芸術篇」の2冊で編をなさっているのを読んだのがはじめてでしたが、今回手持ちのユリイカの「総特集=プルースト」を開いてみると「プルーストとマラルメ」という文を、寄稿なさってるのを見つけました。

 


 保苅さんは、ユリイカの「プルーストとマラルメ」の中で、プルーストは、マラルメの詩との出会いで、詩的言語の自立性を明確に自覚したと書かれているのですが、この本「プルースト 読書の喜び」の中でもマラルメについてふれていらっしゃいます。

 マラルメの詩「白鳥のソネ」の最初のところですが、わたしの好きな詩ですので引用させていただきます。

・-・-・-・-・-・

清らかな、生気にあふれる、美しい今日が、

あのかたく凍った、忘れられた湖を

酔った翼の一撃で、今まさに打ち砕こうとする

・-・-・-・-・-・      引用27p

 いつ読んでもすてきなフレーズですが、この詩の中の「氷を打ち砕く」という表現を思わせる言葉について、保苅さんはこのように思考なさっています。

 プルーストは若書きの「ジャン・サントゥイユ」の序文では「社交生活の氷から私を開放すると・・」と書いていたのが、保苅さんが留学時代パリの国立図書館で調べられた肉筆原稿では、「社交生活の氷から私を開放すると・・・」ではなく、最初には「社交生活の氷を打ち砕く」と書かれていたのを思い出されたのこと・・。

 そして、このことから、プルーストの若書きの小説が未完だったのは、プルーストがまだ文体が十分に描ききれていないと考えたからなのではと、考察なさっています。

 さらにこの「氷を打ち砕く」という言葉は、「見出された時」の最後の草稿にまで、書かれているのを発見なさっているのです。

・-・-・-・-・-・

「重要なことはついに現実を認識すること、習慣の氷を打ち砕くこと、[・・・・・]氷の解けた海を再発見して、そこに到達することなのだ。」

・-・-・-・-・-・ 引用28p





 マラルメの詩の言葉から、パズルのように思考をめぐらせていかれる保苅さんは、やはりプルーストの研究者であった強みを、自由なエッセイにして存分に楽しまれているのだとよくわかりました。

 今回、再読して印象に残ったのはマラルメの詩の言葉についてでしたが、どの章を読んでも長年のプルーストファンとしては豊饒なワインをゆっくりと味わうように、読書を楽しめる名著だと実感したのでした。


※ あとがきで保苅さんは、この本を編集者の岩永哲司さんという方に捧げていらっしゃるのですが、この本が出来たのはこういう方の支えがあったのだとも知りました。保苅さんは岩永さんのためにだけ書いたとも云われていますが、一人の人のためにということは、大事なことかもしれないと思いました。




2023年2月20日月曜日

読書・「ゲーテさん こんばんは」池内紀著・集英社文庫

 


  冬晴れのまぶしい青空をバックに、裸木が黒いシルエットを作っているこんな光景は、いつ見ても、こころが洗われるようで大好きです。



 先日、友人から池内紀さんが書かれた「カント先生の散歩」という本をいただいて読んだのですが、「ゲーテさんこんばんは」という本もあることを知り、読んでみました。

 カントの哲学書はまったく読んだことがないのですが、ゲーテは詩集や格言集、小説などを読んでいて、馴染みがあったからです。 

 ゲーテは16歳でライプツィヒ大学に入学していますが、ギリシャ語、ラテン語、フランス語、イタリア語、英語はもとより、地理、歴史、博物学にくわしく、ピアノも弾け、絵、ダンス、乗馬、そして見事な筆跡と、何でもオールマイティによくできたとのこと。それらは、幼いころからの父親の教育のたまものであったということですから、恵まれた環境で育ったようです。

 


  ゲーテが25歳のときに書いた「若きウェルテルの悩み」は、いまでも古典として残っていますが、当時のベストセラーだったとか。先日偶然に、この映画を観たばかりでしたので、タイムリーでした。

 池内さんはこの手紙だけで書かれている物語は、いまのパソコン小説といったもので、不幸な恋というものは愛し合うふたりにとっては楽しく思い出せるという点で幸せであると考察なさっているのですが、わたしも同感でした。ゲーテ自身のようなウェルテルは、ロッテとの不幸な恋の結果、物語の中では自殺するのですが、ゲーテは83歳まで生きていました。

 ゲーテは、詩や小説などから「文豪」というイメージが強いのですが、文学だけではなく「色彩の研究」とか地質学、鉱山学、植物、骨の研究など、また文芸一般、ギリシャやローマの古典に造詣が深く、スケッチなども残していてマルチな才能を持っていたようです。

 そのかたわら、ワイマール公国の行政官や宰相もして活躍し、若いころは恋愛もいろいろとあり、40過ぎてからようやく結婚し、妻の死後は、70代で10代の女性に求婚して断られたというエピソードの持ち主でもあったとのこと。

 


 池内さんは、ゲーテはこのような4行詩を人生のモットーにしていたと文庫本あとがきで紹介なさっているので、引用してみます。

・-・-・-・-・-・                

       いかなるときも

       口論は禁物

       バカと争うと

       バカをみる 


       花が咲いたら

       頭にかざせ

       木の実は食べろ

       草木は欺さない


       「バラは詩にして リンゴはかじれ!」

・-・-・-・-・-・                  引用270pより

 一見、平易でユーモアさえ感じられるのですが、ゲーテらしい含蓄のある言葉だと思いました。

 池内さんは、「ファウスト」の翻訳を3年かけてなさったそうですが、ゲーテを知るためについにこのような伝記まで書かれてしまったとのこと・・。池内さんのお人柄も感じられ、ゲーテに少し親しみを感じることができた読書でした。

 



   

  ※池内さんは「すごいトシヨリBOOK」という本の最後に、「僕は、風のようにいなくなるといいな。」と書かれていますが、2019年に風のように去っていかれたようです・・。


2023年2月4日土曜日

読書・「エーゲ 永遠回帰の海」立花隆 「写真」須田慎太郎 ちくま文庫

 

  きょうは立春です。今年は1月20日の大寒の後に来た寒波の影響で寒い日が続いていたのですが、我が家の庭はずっと雪に埋もれたままで、まだこんな感じになっています。

 


 たしか、昨年末だったと思います。立花隆さんのNHKスペシャルの番組「見えた 何が 永遠が」~立花隆最後の旅完全版~を見て彼に興味を持ち、ちくま文庫版の「エーゲ 永遠回帰の海」を読んでみました。

 この本は立花隆さんが、ご自分で書かれた本の中でいちばん気に入っていらした本とのことですが、わたしは、この本から彼の詩情や哲学が感じられ、彼の本質はロマンチストだったのかもと思ったのでした。

 立花さんがそもそも遺跡と衝撃的な出会いをなさったのは、30歳の時イタリアのシチリア島のセリヌンテにおいてとのことで、歴史書に書かれていない圧倒的な存在として残存している神殿の遺跡に出会われたとき、知識としての歴史は、フェイクであると思われたそうです。




 そして、そこに遺跡として残っている神殿は、4世紀にコンスタンティヌス大帝がキリスト教に改宗したあと、異教の神殿として破壊された跡で、千年単位の時間が見えてくるとも・・。

 立花さんは、このように圧倒的な時の経過を感じる遺跡をご覧になられ、ニーチェの哲学のあの永遠回帰の思想にまで思索をめぐらされています。

 「万物は永遠に回帰し、われわれ自身もそれとともに回帰する。」・・・・・・

 このニーチェの思想が、人気のない海岸にある遺跡で、黙って海を見つめていると、納得できるような「気がすることがある」と、書かれているのですが、わたしにも何となくわかるような気がしたのでした・・。



 海はさらに、彼にこんなポエチックな言葉をいわせるのです。

      「見えた 何が 永遠が」

 これはたしかに、ランボーの詩の言葉ですが、立花さんはその境地にまで思いをめぐらされているのだということにも、共感できました。

  遺跡・海・哲学と詩、

 どれからも、彼のロマンが感じられたのは、わたしだけだったのでしょうか・・・。




 わたしも、30代のころにギリシャのコリントの遺跡で忘れられない経験をしたことがあるのを思い出します。 

 それは、コリントの遺跡の廃墟のあとの地面に、這うようにして咲いていた小さな黄色の花を見つけたときのこと。

 こんなに小さくてかれんな黄色の花が、ず~っと遠い昔からこの場所で、自分の種を守って、咲き続けているのだと思うと、愛しくて胸がきゅんとしてしまったのでした。

 その花の名前を調べてみようと、ホテルにもどってから植物の本を買ったのですが、名前を特定することはできませんでした。でもその本は、あの時の大事な思い出の本として大切にいまでも本箱にあります。

  わたしにとって、あのコリントで見た小さな黄色の花は、永遠を感じさせてくれた花でしたから・・。

 立花さんのこの本は、忘れてしまっていたコリントでのささやかな思い出をよみがえらせてくれた読書でもありました・・。











  

2023年1月10日火曜日

読書・プルーストの植物・忍冬(すいかずら)で覆われた魅力的な窓・・

 

 散歩のときに見たスイカズラの黒い実です。スイカズラは夏にすてきな香りのある花を咲かせるのですが、花は2つづつ並んで咲き白から黄色に変わるのでキンギンカとも呼ばれています。

 英語ではハニーサックル。黒い実も、野鳥のつぶらな瞳を思わせてすてきです。




 この写真を写した日に、偶然に読んでいた高遠弘美訳のプルーストの「失われた時を求めての4」の500pにこの忍冬が出てきたのを見つけうれしくなりました。

 主人公が後に好きになる少女を、画家のアトリエの中の窓から見かけるという大事なシーンに出てきます。少女は黒い髪でポロ帽を目深にかぶり、画家にほほえみを浮かべながら田舎の並木のある小径をこちらに歩いてくるのです。

 画家はその少女を知っているらしく主人公に名前もアルベルチーヌ・シモネと教えてくれるのですが、紹介してもらおうと期待しているまもなく、彼女は遠ざかって行ってしまうのでした。

 その少女、アルベルチーヌを見つけることができた記念すべき画家の小さな窓は、スイカズラに覆われ魅力的に思われていたのですが、彼女が去ってしまうとすっかり虚ろになってしまうのでした。というところです。



 失われた時を求めてを読むのは、この高遠弘美さんの訳が4度目ですが、今回初めてこの窓辺を覆う「忍冬(すいかずら)」の花が出てきたことに気づきました。

 英国に住んでいたころ、趣味だったカントリーウォークで田舎にでかけたときに、このスイカズラ(ハニーサックル)が田舎の家の窓のまわりや、生垣として植えてあるのをよく見かけたことがあるので、フランスでも好まれたのだと思います。花もかわいいですし、何よりも香りがすばらしいからです。

 


 忍冬に覆われた窓から、主人公が後に好きになる少女のアルベルチーヌを見かけたという設定は、花の好きなプルーストらしい特別な演出のようにも思えました。

 ちなみに、高遠弘美さんはこの花のことを「忍冬(すいかずら)」と漢字にひらがなの読み方を入れて訳されているのですが、井上究一郎さんはひらがなで「すいかずら」。鈴木道彦さんは、カタカナで「スイカズラ」。吉川一義さんも同じカタカナで「スイカズラ」と、訳されていますのでその部分を引用してみます。

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井上究一郎訳 「失われた時を求めて」3第二篇花咲く乙女たちのかげにⅡ ちくま文庫

 266p

「私はさっきの少女が小窓の框のなかにあらわれる以前のような落ちつきを失って、それまで、すいかずらをまとってあんなに美しかった小窓も、いまはなんの風情もなかった。」

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鈴木道彦訳 「失われた時を求めて」4第二篇花咲く乙女たちのかげにⅡ 集英社文庫ヘリ           テージシリーズ

 327p~328p

「私はもうあの少女が小さな窓の額縁のなかにあらわれる以前のような、心の平静を保てなかったし、それまでスイカズラに囲まれてあんなに可愛らしく見えたその小窓も、今ではすっかり空っぽなものになっていた。」

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吉川一義訳 「失われた時を求めて」4花咲く乙女たちのかげにⅡ 岩波文庫

443p

「もはや私には、小さな窓枠のなかにあの娘があらわれる以前の冷静さはなかった。それまでスイカズラに覆われてあれほど魅力をたたえていた窓も、いまや完全に空疎なものになった。」

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高遠弘美訳 「失われた時を求めて」4「花咲く乙女たちのかげにⅡ」光文社古典新訳文庫

500p

「小さな窓のなかにあの少女が現れる前のような平静さはすでに私から消え、さっきまでは忍冬₍すいかずら)に覆われてあれだけ魅力的だと思われた窓もいまやすっかり虚(うつ)ろになっていた。」

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 スイカズラに覆われた魅力的な窓から見えたアルベルチーヌの姿は、窓枠を作ることで、絵はがきや、写真のようにわたしたちに映像として、イメージを残してくれ、さらにその風景の切り取りも見る人の精神状態でこのようにかわってしまうのだということを言っているプルーストの手腕には、いつもですが脱帽でした。

 



2022年12月26日月曜日

読書・「紫苑物語」石川淳著・講談社文芸文庫

 

 クリスマス前から降っている雪で、きょうの公園のベンチはこんな風になっていました。




 石川淳さんが書かれた「紫苑物語」を読みました。この本のことを知ったのは、須賀敦子さんの「トリエステの坂道」の中の「セレネッラの咲くころ」を読んだときで、それ以来、ずっと読みたいと思っていた本でした。

 須賀さんがイタリアのミラノに住んでいらしたころ、夫の実家を訪ねたときに、義理のお母さまが紫苑の花をいっぱいかかえてテーブルにどさりと置かれたのを見てびっくりなさったことがあったそうです。というのはそのころ須賀さんは、石川淳さんの「紫苑物語」を、イタリア語に翻訳なさっていて、紫苑をどう訳すのか悩んでいらしたからとのことでした。。



 須賀さんは「紫苑物語」を、「超現実の手法のさえ」や「隠喩の深さ」などの言葉で要約なさっているのですが、読んでみるとなるほどと納得できました。

 「国の守(かみ)は狩を好んだ。」ではじまる、石川淳さんのここちよい簡潔な文体の見事さを感じたのは、ユルスナールの書いた「ハドリアヌス帝の回想」の多田智満子さんの静謐な翻訳の文体を読んで以来のことかもしれません。

 このような超現実の虚構の物語を読むのは初めてでしたが、先日観た映画「雨月物語」なども思い出し、石川淳さんの遊び心のようなものも感じられた読書でした・・・。




 紫苑は、調べてみると古く薬草として中国からはいってきた花で、平安時代の「本草和名」(ほんぞうわみょう)にも出ているということですが、わたしにとっては、子供のころ母の実家の花壇のすみにいつも咲いていた背の高い薄紫色のなじみのある懐かしい花なのです。

 須賀さんによればこの「紫苑物語」は、須賀さんのイタリア語の翻訳以前に、ドナルド・キーンさんが英語に翻訳なさっていて、そのときには紫苑は、「アスター」と訳されていたとか。そういえば、キーンさんの自伝にも、石川淳さんとの交流のいきさつや最初に石川淳さんの作品を翻訳したのは自分だと書かれていたのを思い出しました。

 「紫苑物語」の中で主人公は、人を殺めて埋めた後に、この紫苑の花を植えたということでした・・・・。

 







 


 






2022年12月18日日曜日

読書・「塚本邦雄」コレクション日本歌人選019 島内景二 笠間書院 

 

 12月に入り、ヤマユリは、こんな姿になってしまいました。今年の夏も見事な大輪の真っ白な花を咲かせていたのが、夢のよう・・。

 でもよく見ると、すっきりとした素地のまま、あじわいのある姿になっています。




 先日、塚本邦雄さんのご子息の塚本青史さんが書かれた「わが父 塚本邦雄」を友人からプレゼントしていただき読んだばかりでしたので、久しぶりに、塚本さんの短歌の本を、読み直してみました。



 この笠間書院の日本の歌人のシリーズ本の「塚本邦雄」は、島内景二さんが、塚本邦雄の短歌を50首選んで解説なさっています。島内さんは塚本さんに歌人として師事なさっていたという経緯もあり、この本でも見事な解説をなさっています。

 今回、わたしが塚本さんの50首のなかで、おもしろいと思ったのは、17首目のこの歌でした。

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一月十日 藍色に晴れヴェルレーヌの埋葬費用九百フラン     塚本邦雄

                   034pからの引用           

                     ・-・-・-・-・

 ヴェルレーヌは、ランボーを愛したフランスの詩人ですが、1896年1月8日に亡くなっています。葬儀は1月10日、藍色に晴れた日で、葬儀費用は900フランだったと歌っているのです。



 それだけですが、わたしにはとてもおもしろい短歌のように感じました。ヴェルレーヌは好きな詩人ですし・・。 

 詩人の葬儀の日は、藍色に晴れた日だったという、藍色に込めた思いも感じられました。 

 島内さんによれば、塚本さんは人が亡くなった忌日と誕生日に強い関心を持たれていて、数字にもこだわられていたとのこと・・。

 わたしも「BIRTHDAY BOOK」を持っていて、友人や知人の誕生日や忌日も書いているので、塚本さんの忌日へのこだわりにも共感を覚えた短歌でした。








 


2022年12月4日日曜日

読書・「高村光太郎」吉本隆明著・講談社文芸文庫

 

 12月2日の朝、初氷が張り、初雪が降りました。初雪は、ふわふわと頼りなく空中を飛ぶ雪で、地上におりるとすぐに消えたのですが、初氷は、バードバスのもみじの葉を氷で閉じ込め、こんな感じになっていました。



 詩人の高村光太郎は、冬が好きでしたが、今年ももう12月に入り、彼の好きな冬が来たようです。本箱にある吉本隆明さんが書かれた「高村光太郎」を久しぶりに再読しました。  

 わたしが初めて高村光太郎の詩を詩集として読んだのは、学生時代に友人からプレゼントとしていただいた「智恵子抄」でした。箱入りの当時としては豪華な装丁の本で、「レモン哀歌」などは、いまでも暗記することができるほどで、彼が戦後に住んでいた岩手の山口村の小屋を訪ねたこともあり、彼の彫刻も、「高村光太郎展」で見た「蝉」などもなつかしく思い出します。



 吉本隆明さんの著書「高村光太郎」は、わたしが漠然といままでに持っていた高村光太郎に対する考察を深めさせ再考察させてくれた本でした。光太郎の留学の意味や結果、父との関係、戦後の戦争責任者としての生き方、妻の智恵子との関係など、さまざまなことの再考察でした。

 それにしても、吉本さんは、光太郎の評伝を書かれている北川太一さんとは、学生時代からの友人であり、彼自身も光太郎研究者として、こんなにも多くの評論を書かれていたとは、この本から知ったことでした。

 吉本さんは最後に「著者から読者へはじめの高村光太郎」という題で、ご自分と光太郎研究についてのかかわりを、こんな風に書かれています。

 吉本さんは月島の下町生まれで父は舟の大工、(高村光太郎も下町生まれで父は彫刻家(師)。)吉本さんは、 父の手技は受け継がず、メタフィジークだけは受け継いだとのこと。そんなことから、光太郎の生涯と仕事と人間を研究していくことが、吉本さんの仕事になったとのことでした・・。

 吉本さんの人生にとっては、重みのある「高村光太郎」論なのだと理解しました。


             智恵子抄の見開きページ・智恵子の切り絵


 吉本さんは、この本の「智恵子抄」論の中で、この詩をまれにみる夫婦の生活であり、羨望はあっても、葛藤を推測することすら許さないと書かれて紹介なさっていますので、最後に引用させていただきます。


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あなたはだんだんきれいになる

                    高村光太郎

をんなが附属品をだんだん棄てると

どうしてこんなにきれいになるのか。

年で洗はれたあなたのからだは

無辺際を飛ぶ天の金属。

見えも外聞もてんで歯のたたない

中身ばかりの清冽な生きものが

生きて動いてさつさつと意欲する。

をんながをんなを取りもどすのは

かうした世紀の修行によるのか。

あなたが黙って立ってゐると

まことに神の造りしものだ。

時時内心おどろくほど

あなたはだんだんきれいになる。

・-・-・-・-・-・

   引用  「高村光太郎」吉本隆明著・講談社文芸文庫 99p~100p