2017年8月29日火曜日

歳時記・「夏の終わりのひまわり畑・・・」    (列車にて遠く見ている向日葵は・・・)




 先日、100万本植えたという那須高原のひまわり畑を見に行ってきました。
見ごろには、少し遅かったようで、もうすっかり、こんな感じになっていました。




 今年の夏は、雨が多くひまわりもかわいそうでしたが、見頃は、8月の上旬だったとのこと・・。



 
 ひまわりといえば、寺山修司のこの短歌を思い出します。

      「列車にて遠く見ている向日葵は
                                                                    少年のふる帽子のごとし」
                                                         寺山修司



 
 寺山修司さんの短歌は、映像が目に浮かぶように作られていて、その才能には、いつもびっくりします。




 それにしても、今年のひまわりは見に行くのが遅すぎて残念だったのですが、来年に期待したいです。

 1本だけ、とても元気なひまわりが、空に向かって咲いていました!
 
        「一粒の向日葵の種まきしのみに
                    荒野をわれの処女地と呼びき」  

                                 寺山修司

    寺山さんは、むかしのご自分を、照れていらっしゃるようにも感じます。


        


「枯れながら向日葵立てり声のなき凱歌(がいか)を遠き日がかえらしむ」
                                  寺山修司

  枯れてもなお、凛として立っているひまわりを見て、むかしの栄光のまぼろしを見たのでしょうか・・・。






 寺山修司さんのこの向日葵の3作品は、ちくま日本文学の「寺山修司」に出ていたものですが、どれも彼らしい作品だと思います。
 
 彼は、詩人、俳人、歌人、小説家、劇作家、批評家、演出家、映画監督、競馬評論家・・・など、多くの才能を持っていた方でしたが、若くして亡くなられているのは、とても残念に思います。
 
 夏の終わりのひまわりを見ていると、列車で旅をしていたときに、ふと車窓から彼が詠んだ短歌の光景が浮かんでくるような気がしたことを、懐かしく思い出したのでした・・。 


    「列車にて遠く見ている向日葵は
                 少年のふる帽子のごとし」     
                               寺山修司


     

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