プルーストの午後
プルーストの「失われた時を求めて」を、井上究一郎訳全巻から始まり、鈴木道彦訳全巻、吉川一義訳全巻、高遠弘美訳6冊までと、30年近くかけて楽しんで読んでいるプルーストファンです。
2015年3月22日日曜日
マンサクの花
きょうの散歩で見た「マンサク」の花です。
黄色のリボンを、ひらひらと
何枚ものばしたような花を
見ていると、
春がようやく来たのだと
ワクワクしてきます。
家のまわりの根雪も
ようやく消えました。
春だよ~~
と、マンサクの花が
さけんでいるようです。
2015年3月21日土曜日
桜つれづれ
はかなくて過ぎにしかたを数ふれば
花に物思ふ春ぞ経(へ)にける
新古今和歌集の春歌に載っている
式子内親王の歌です。
彼女は、後白河法皇の第三女式子内親王で
6,7歳の頃、賀茂神社の斎院に
ト定され、一生独身で過ごした女性です。
私は、彼女の歌が大好きですが、この歌も
桜の季節になると、いつも思い出します。
芭蕉の俳句に
「さまざまのこと思ひ出す桜かな」
というのがありますが、
桜の季節というのは、いろいろなもの思いに
かられる季節でもあるということなのでしょうね・・・。
(写真は、護国寺の桜です。)
東京散歩「護国寺」2015年3月14日
先日、花曇りの中、護国寺に行ってきました。
ちょうど、第二土曜日ということで、骨董市が
開かれていました。
そのせいか、いつもより人出が多く、
賑わっていました。
ここは、やはり猫スポットらしく、
猫好きのカメラを持った
お兄さま、お姉さまが多く、
猫の写真を撮ったり
なでたりしていらっしゃいました。
猫も人には慣れていて
大あくびをしたり、
のどかないつもの光景でした。
梅はもう満開を過ぎていましたが、
桜はちょうどわたしには見頃に感じました。
椿や水仙も咲いていて、お寺に花や猫は、似合っていて
いいなあと思いました。
春うらら
先日、久しぶりに東京で
学生時代からの友人に、
会ってきました。
銀座のデパートの屋上のテラス,
木のベンチに座わり、
おしゃべりを
楽しんでいると
春うららのぽかぽかの陽気が
心地良かったです。
レストランは、超満員で
急遽、デパ地下でお弁当と
デザートを買ってきて
食べました。
お花見弁当のような
女性好みのちらし寿司弁当も
シュークリームも
とてもおいしくいただきました。
なぜかその日は、
13日の金曜日
春うららの日
そこで食べた
ちらし寿司のお弁当と
シュークリームは
忘れられない思い出に
なりそうです。
それにもまして
うれしかったのは
もちろん、
友とのおしゃべりでしたが・・・。
2015年3月8日日曜日
「人間の土地」サン=テグジュペリ著
いつまでも大事に本箱にとって
おきたいと思う本が
ありますが、
この本は、
その中の一冊です。
「人間の土地」
サン=テグジュペリ著
堀口大學訳 新潮文庫
わたしは、いつもこの本の
最初の2ページを読むだけで
彼は、詩人だったのだと
再確認させられます。
彼は、郵便物を運ぶ
路線パイロットでしたが、
最初の夜間飛行から見た
景色をこのように書いて
います。
・-・-・-・-・-・-・-・-・
「ぼくは、アルゼンチンにおける
自分の夜間飛行の晩の景観を、
いま目のあたりに見る心地がする。
それは、星かげのように、
平野のそこここに、
ともしびばかりが輝く
暗夜だった。
あのともしびの一つ一つは、
見わたすかぎり一面の
大海原の中にも、
なお人間の心という奇蹟が
存在することを
示していた。」
・-・-・-・-・-・-・-・-・
引用7p
この文を読むと、いつも
胸がきゅんとしてしまいます。
高台にある我が家の
2階の窓からも
夜になると
遠くの街の灯が、
ちかちかと
見えるのですが、
あのともしびのひとつの
中には、それぞれの人間の
こころがあるのだといった
サン=テグジュペリの言葉を
思い出すからです。
・-・-・-・-・-・
「真の贅沢というものは、
ただ一つしかない。
それは、人間関係の贅沢だ。」
・-・-・-・-・-・
彼のこのような考えは
あの名作、
「星の王子様」へと
つながっていくのだと
思います。
彼が、砂漠に不時着して砂と星の
あいだを3日間さまよっていたとき
夢想していたのは、
彼の住んでいた家の匂い
廊下のさわやかさ
池の中にいる蛙の歌
そこに住んでいた女性の言葉
などでした。
そして、
家のありがたさというものは、
おびただしいほどのやさしさを
心の中に蓄積してくれること
夢を生み出してくれること
に思い当たるのでした。
彼はこんなことも言っています。
・-・-・-・-・-・
「愛するということは、
おたがいに顔を見あうことではなくて、
いっしょに同じ方向を見ることだ。」
・-・-・-・-・-・
サン=テグジュペリは、、
職業飛行家でしたが、
詩人でもあり
人間を考える
哲学者でもあったのだと
思いました。
2015年3月7日土曜日
自然のジュエリー
きょうは、もう3月7日というのに、
朝、起きてみたら、真っ白に雪化粧されていてすてきなサプライズでした。
雪は木の枝に、ふわふわの真っ白なわたをちぎってつけたようになっていました。
でも近づいてよく見ると、ふわふわの雪のまわりが、結晶になっています。
自然はどうしてこのような神秘的な美を
作ることができるのでしょう。
自然が作ったジュエリーですね。
2015年3月5日木曜日
陶器のお雛様
先日、知人宅で陶器で
作られたお雛様を
見せていただきました。
桜が風に吹かれて舞い散る中、
相愛の男女がお花見に興じている
姿です。
作者の感性が込められた
すてきなお雛様で
しばし見惚れてしまいました。
男雛は、袖のたもとを広げて
桜の花びらを、受けています。
わたしには、男雛は、在原業平
に見えたのですが、
そうすると
女雛は、
二条后(藤原高子)かしら
などと、
楽しい空想をしてしまいました。
風に舞う桜の花びら袖に受け
長き春日を君と過ごさん・・・
こんなことを、この男雛は、女雛に
言っているように思えました。
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