2020年8月20日木曜日

読書・「シャボテン幻想」龍膽寺雄著(ちくま学芸文庫)

 


 8月14日の朝、シロバナクジャクサボテンの大輪の花が、優雅に花開きました。13日には蕾が大きくふくらんでいたので、14日の早朝に期待しながら庭の鉢を見に行きますと、やはり見事に花開いていました!!!


 

 クジャクサボテンは、メキシコ中央高原で栽培されていたものに、数属以上のサボテン類を交配して改良したもので、花の色は白、赤、ピンク、オレンジ、黄色、紫などいろいろの園芸品種があるとのことです。

 サボテンや多肉植物が大好きな友人から教えていただいた「シャボテン幻想」という本があるのですが、以前に電子書籍に入れておいたのを思い出して、読んでみました。



 著者の龍膽寺雄(りゅうたんじ・ゆう)さんは、1901年茨城県生まれの作家ですが、サボテンの研究家としても国際的にも名前を知られていた方だそうです。昭和初期にモダニズム文学の作家として活躍されていたのですが、文壇の派閥などが嫌になりサボテンを育てはじめたところ、すっかり夢中になってしまい、サボテン研究家にまでなられてしまったとのこと。

 この本は、サボテンの歴史などサボテンに関する興味深い話をおもしろく書かれています。



 龍膽寺さんは、人生観もサボテンを通して述べられています。

 サボテンは、砂漠という過酷な自然で生きている植物であり、人間もまた心に砂漠を抱いて生まれてきているので、どちらも荒涼が性にあっていて、「荒涼の美学」という点で似ているとのこと・・。

 また、サボテンは性格的な植物で、一般の草花好きというようなタイプとは違う性格のタイプの人をひきつける・・・。

 あるいは、草花好きの人を植物的性格、多肉植物やサボテンが好きな人を動物的といっているなど、彼の人生観や人間観も、ユニークでおもしろいと思いました。

 

 

 「シャボテン幻想」を読んでいたら、堀辰雄さんが、こんなことを書かれていたのを突然、思い出しました。

 堀さんによれば、クレチウスという人が、「プルースト」という本の中で作家を2つのタイプ、動物(フォーナ)と植物(フローラ)に分けた場合、プルーストは植物(フローラ)であるといっていたとのこと。

 プルーストの本には、かなりたくさんの植物が出てきますので、たしかにプルーストは植物のタイプの作家というのは、わたしも頷けました。

 

 

 14日に咲いた花は、16日の朝、こんな感じにしぼんでいました。2日間だけのパフォーマンスでしたが、綺麗に咲いて楽しませてくれたシロバナクジャクサボテンは、暑い夏の白日夢のような花でした。

 

2020年8月14日金曜日

読書・「博物誌」ルナール 岸田国士訳 新潮文庫 (夏の蝶たち、あれこれ・・・)

 


 ルナールの「博物誌」を読んでいましたら、「蝶」という題名で、

「二つ折りの恋文が花の番地を捜している。」と、書いてあるのを見つけました。

 蝶の二枚の羽から二つ折りのラブレターを想像し、花の番地を捜しているという発想は、かわいらしく、ユニークでおもしろいと思ったのでした・・。

 蝶は、二枚の羽を開いたり、閉じたりするからです。


 

    散歩のときに、わたしも蝶に出会います。 

 この蝶は、大きな黒い目がつぶらで人気者の「イチモンジセセリ」ですが、今年の夏に見つけた一番にかわいい「猫のあかちゃんのような瞳」をした蝶でした。

 ルナールの言っている恋文の二つ折りは、たぶん白い羽の蝶をイメージしたと思うのですが、このイチモンジセセリは、薄茶色で、7月初めのころ、満開のノリウツギの花の密を吸っていました。

   つぶらな子猫のような瞳が、かわいすぎて、30分ぐらい立ち止まって見てしまったのでした・・。 

      

 

  この黒い豪華な蝶は、8月2日に家の庭に来たアゲハです。ヤマツツジにしばらく羽を広げて休んでいました。

 こんなに羽があやしい水色に光っている豪華なアゲハを見ていたら、与謝野晶子が、夢の中でむらさきの蝶が飛んでいるのを見て、ふるさとの藤の花に見えたというこの歌を思い出しました。

 「むらさきの蝶 夜の夢にとびかひぬ ふるさとにちる藤の見えけむ」

                          与謝野晶子

 むらさきの蝶は、晶子の歌の中では、夜の夢に飛び交っている、ふるさとに散るに藤の花なのでした・・。

 

 

 この蝶は、7月のはじめ、庭のオカトラノオの密を吸いに来たヒョウモンチョウです。このヒョウ柄を見ていると、大阪のおばちゃんの来ている洋服をすぐに連想し、おばちゃんがいっぱいいると、いつもひとりで苦笑していたのでした・・。

 派手な模様のラブレターです・・。

 いまは、8月のいちばん暑い時なので、チョウ類は「夏眠」するとのこと。そういえば、あんなにたくさん飛んでいた蝶たちは、すっかり姿が見えなくなってしまいました。

 きっといまごろ、蝶たちはどこかの木陰で、夢を見ながら「夏眠」しているのでしょうか・・。


2020年8月9日日曜日

読書・「プルースト 読書の喜び」保苅瑞穂著 筑摩書房   (本を読むしあわせ・・・}



 アジサイは、色彩がゆたかで、見ているわたしのこころまで、豊穣にしてくれるのですが、今回、このブログに掲載した3枚は、とくにわたしの好きな写真です!

 アジサイの、咲いている喜びが、感じられてくるようで、見惚れてしまいます・・。


   


 「プルースト 読書の喜び」を、読みました。

 著者の保苅さんは、プルーストの研究をなさっていた方ですが、大学での長い教職生活の後、パリに移り住まわれた2008年頃に、この本を書き始められたとのことです。

 リルケは若い頃にパリに魅せられた人間は、生涯その魔力から逃れられないと言ったそうですが、それは本当だったと保苅さんは、本の最初に書かれています。

 若いころにパリに留学なさったという保苅さんのこのようなお気持ちは、パリを何度か訪ね魅力を感じていたわたしにとっても、とても共感できる思いがしました。

 そのパリに住みながら、彼の長年の研究テーマでもあったプルーストの「失われた時を求めて」の中から、ご自分の感じられる読書の喜びの部分をとりあげて、書いていらっしゃるのですから、すてきな本になったのは、自明のことかもしれません。


    


 保苅さんのプルーストの「失われた時を求めて」を読む喜びが、すみずみまで感じられ、わたしも彼といっしょに、すてきな箇所の再読という楽しみをわけていただいたように感じる読書でした。

 さらに、保苅さんは、彼の琴線にふれたプルーストの文章を、ほかの詩人や文学者などの芸術家や、芸術家の作品、そしてプルーストの友人、知人などからの手紙などからの引用も駆使して説明なさっているのですが、それも読みごたえがありました。


     


 また、保苅さんはこんなことも言われていますので引用してみます。

【本を読むということに知的な理解が必要なことはいうまでもないことであっても、それよりもっと必要で、豊かなものはこの喜びの感情なのである。】引用12p

 わたしがプルーストから学んだのもこれと同じで、本を読むという喜びでした。最初に、プルーストの「失われた時を求めて」を、井上究一郎さんの翻訳で読み終えたときの読書の喜びは、いまでもはっきりと覚えています。

「このようにすてきな本に出会えてしあわせ」という喜びでした。

 あれからもう、20年以上もたっているのですが・・・。

 そしてそれ以後は、鈴木道彦さん、そして吉川一義さんと、違う方の翻訳でプルーストを全巻読むという喜びでした。



 この本は、プルーストの「失われた時を求めて」の名場面を読む喜びを、再現してくれる大事な一冊になったのでした・・。


 

2020年7月24日金曜日

植物・ヤマユリの季節・・



 ヤマユリは重さにたえてしなやかに
            つゆぞらのなか今年も咲けり
                                あみ


 
  ヤマユリは、近畿以北の山野に咲く、日本ではもっとも大きな野草です。梅雨の今頃の夕方などに、窓を閉めようとしたときなど、庭の方から甘い香りが漂ってきて、あ~っ、ヤマユリの香りだとしあわせな気分になることがあります。




 大きな6枚の花びらは、先端で反り返り、中央には鮮やかな黄色の線、そして花びら一面に
赤褐色のドットが広がり、見事な造形です。
 わたしは、大きな花は苦手だったのですが、毎年この花を見ているうちに、すばらしいと思うようになりました。日本の野生のユリの女王かもしれませんね。




 この上の写真は、野生のイノシシにヤマユリの球根を掘られた後です。穴の中に白いヤマユリの球根が2片残っているのが見えます。球根は食用にもなるほどおいしいので、食べたのだと思います。




 この花びらは、サルがかじったのだと思います。数日前の夕方、うちの庭にもサルがきて手にはヤマユリの花のついた枝を持っているのを見ましたから・・。今日、散歩していますと、球根を掘った後やかじられた花を数件見ました。イノシシが球根を食べるようになったのは、2、3年前ぐらいからですが、サルは今年がはじめてでした。

 そういえば、サルが庭に来た翌日の散歩で、イノシシの子供が散歩道を横切ったのも見ましたから、今年は動物にあう「当たり年」のようです。ヤマユリの芳香が動物をひきつけるのでしょうか・・。野生の動物も生き残るのは大変のようです。





2020年6月30日火曜日

読書・「シェリ」コレット作・工藤庸子訳・岩波文庫




  コレットの「シェリ」は、だいぶ前に読んだ本で、本箱に入れたままでした。最近、プルーストやアンドレ・ジッドもコレットの作品を褒めていたことを知り、また読んでみました。




 読み直してみると、かなりおもしろく一気に読んでしまいました。

 50歳を迎えようとする元高級娼婦のレアと、息子ほどの年齢差のあるシェリ。
 レアはまだまだ魅力的で、シェリは若くて美男子・・。
 そんな二人の恋が描かれています。

 コレットらしく物語の設定はとてもフランス的で、恋を主題に書いているのですが、レアの心理や行動、そして会話も巧みに描いていて、最後にはレアがかっこよく二人の恋を終わらせています。




 今回気づいたのは、レアやシェリがつけている香水や、リラの花などの香りの感覚、

 そして、寝室のカーテンをバラ色に染めている光は、シェリの絹の純白のパジャマもバラ色にして、という表現などからの色彩感覚・・。
 
 などなどのコレットの感性は、とても詩的に表現されていて、見事だと思いました。




 この作品でコレットは、文学作品の作家としてフランスで認められたとのことを、訳者の工藤庸子さんの解説文で知ったのですが、見事な解説文を書かれています。
  作品と、解説文で2度楽しめた本でした。

 プルーストが褒めたのは、コレットのフランス文化ともいえる感性だったのかしらと、ふと思いました・・。
 


 

2020年6月16日火曜日

読書・「音楽の光と翳」 吉田秀和著 中公文庫



 今朝は6時前に目が覚めました。窓を開けると梅雨の晴れ間の青空が広がっていて、空気がさわやかです。カッコーの声も聞こえすばらしい6月の朝でした。

 少し朝の読書をしようと思い、最近またよく読むようになった吉田秀和さんの本を無作為に選び、開いたページを読んでみると、「菩提樹の花の香り」というエッセイでした。



 吉田さんがベルリンで奥様と一年ほど暮らされていたときに、奥様が病気で入院なさったことがあったそうです。お見舞いに毎日行かれていてその帰りのある日、駅前の広場でリンデ(菩提樹)の大木が真っ白に花開き、花の香りがあたり一面にただよっていた光景に遭遇なさったとのこと・・。



 吉田さんはここで、リンデを歌ったマーラーの歌曲をご紹介なさっています。この歌曲は、詩人リュッケルトの詩に曲をつけたもので、花の香りを歌ったものでは、これ以上の作品は知らないと、書かれています。

 この歌を聴いたことがない人はとてもしあわせだとも、書かれていましたので、そのしあわせな一人であるわたしは、早速YouTubeで検索して聴いてみました。
 クリスタ・ルードヴィヒという女性が歌っていて、吉田さんのおっしゃるように、「ただ穏やかで、繊細で純粋な」歌曲でした。

 6月のさわやかな朝に、こんな静謐な歌を聴けたのは、やはりしあわせなひとりになりました。

 ここに住むようになってから、花の香りで気がついたのは、クズの花といまが満開の、コアジサイの花です。コアジサイに香りがあるとは、昨年に知ったばかりでした。




 コアジサイは、この辺りではどこにでも咲いていて、梅雨を知らせてくれる花ですが、早速我が家の庭に咲くコアジサイをパチリと写してきました。




 むらさき色の茎に、水色の繊細な花を咲かせるコアジサイは、風が通り過ぎると、さわやかにやさしく香ったのですが、吉田さんに教えていただいたリンデの歌曲のイントロの部分、♪わたしはほのかなリンデの香をかいだ・・が聴こえてくるようでした・・・。
 

 

2020年6月13日土曜日

植物・6月の風の中で、夢見るように咲いている花・・




 散歩していると、道の両側や公園にニガナの黄色い花が、たくさん咲いているのを見かけるようになりました。ニガナは、どこでも見かける普通の花ですが、この花を見るといつもなつかしさのようなものを感じます・・。




 ニガナとは、花びらが5枚か6枚のものをいい、7枚から12枚のものは、ハナニガナといいます。

ニガナは、花が終わって実をつける頃は、こんな感じに姿を変えてしまうのですが、幾何学模様のような丹精さに、思わず見とれてしまうほどすてきです!




 ニガナという名前がついているので、たぶん苦い味がするのだろうとずっと思っていたのですが、きょうは長年の疑問を確かめてみようと思い、葉の部分を少し切りとって舐めてみました!!!

 結果はやはりかなり強い苦みを感じましたので、やはりこの名前の通りに、苦菜(にがな)でした。茎も、切り取りますとタンポポのように白い乳液のようなものが出て、少しネバネバしました。

 白い花もあり、こちらはシロバナニガナと名前が付けられていますが、白花は数が少なく、ようやく見つけた花です。




 ニガナの花言葉は、「質素」ですが、黄色よりもこの白い花の方が、よりつつましく花言葉のイメージには似合っているように感じます。

 白いシロバナニガナの花も好きなのですが、やはりニガナは、こんな風に、黄色に群れて咲いているのが、いちばん好きです。

 6月の風の中で、夢見るように咲いている光景は、すてきです・・。